概要
ラーフはダーナヴァ(アスラと同一視される魔族)の首長ヴィプラチッティとシンヒカーの子で、名は“捕える人”を意味し、父と同じくダーナヴァの一人である。
ラーフは「マハーバーラタ」、「ラーマーヤナ」、プラーナ文献の“乳海攪拌”の場面に登場する。
神々とアスラが手を組んで大海を攪拌して不死の霊薬アムリタを作りだした後、アスラは霊薬を独占してしまった。しかし幻力によって美女に化けたヴィシュヌがアスラを惑わせてアムリタを奪い返し、結果神々だけが不死になることとなった。
そこでラーフは変装して神々の下に潜り込みアムリタを呑み始めたが、太陽(スーリヤ)と月(ソーマ)はラーフの正体を看破して神々に侵入者の存在を告げ、ラーフの喉までアムリタが流れ込んだところで、ヴィシュヌがチャクラムを用いてその首を斬り落とした。
だがラーフは既に頭部が不死となっており、首のみで天に昇ると復讐のため太陽と月を相手に戦いを始めた。戦いの中で、ラーフが太陽や月を捕えて飲み込む時、日食や月食が引き起こされるのである。
このことから、ラーフは別名を“アブラピシャーチャ(天空の悪魔)”、“マハーグラハ(偉大なる捕獲者)”といわれる。
切り離されたラーフの胴体もまた天に昇ったとされ、ケートゥ(Ketu)の名で呼ばれる。彗星や流星を現し、ケートゥの出現は天災地変、敵の侵入、王の死などの凶兆を示す。またラーフの息子たちも32の彗星(ケートゥ)として現れるといわれる。
異説として、ラーフは空腹のあまり自分の体を頭部だけ残して食べてしまったことから、現在の姿になったという話がある。
図像においては頭部、もしくは胸部までの姿で、蛇や龍の特徴を以て描かれる。神話になぞらえて欠けた日月を手に持つ場合もあり、同じく日月食に関連して口が強調されて表現される。(コナーラクのスーリヤ寺院に配されたナヴァ・グラハのレリーフ等)
これらの特徴からキールティムカ(寺院の入り口に飾られる鬼瓦に似た魔よけ)との関わりが深く、寺院によってはラーフをキールティムカとして配置する場所もあるという。
また、ラーフは世界を三歩で歩くヴィシュヌ(トリヴィクラマ)の像においても描かれ、ヴィシュヌが片足を大きく上げて天にいるラーフを威嚇するポーズが存在する。
「ナヴァ・グラハ」では、頭だけの姿で八頭の黒馬に引かれる戦車に乗り、南西の方角に宮が配置されている。
スヴァーバーヌ
「リグ・ヴェーダ」5巻の讃歌40にはスヴァーバーヌ(Svarbhānu,Swarbhanu)というアスラが登場する。
讃歌では、スヴァーバーヌが闇を用いて太陽(スーリヤ)に襲いかかり、太陽を暗闇の中に覆い隠してしまう。このために全ての生物は混乱し、太陽の姿を見失ってしまった。だが、インドラによってスヴァーバーヌは撃破され、聖仙アトリが祭祀を行ってスヴァーバーヌの呪法を払い、再び太陽は復活を果たした。
太陽を闇で覆い、日食を引き起こす悪魔スヴァーバーヌの別名に“サインヒケーヤ(シンヒカーの子供)”があるが、ラーフの別名にも同じものが存在し、スヴァーバーヌ(サインヒケーヤ)は後代の叙事詩やプラーナに登場するラーフとケートゥの源流といわれる。