概要
1977年から1988年に渡りカプセルトイを主に販売していたメーカーであり、前身の堀口産業を1977年8月に株式会社に改組した会社。色々やらかしていた商品で有名。主に駄菓子屋の店先等で見かけた30代後半から40代の方々ならば記憶にあるだろう。
20円・50円・100円・200円・500円のカプセルトイや販売機を製造・販売していた。他のカプセルトイメーカーと違う販売方式もあり、飲料専用の自動販売機サイズの販売機で指定の金額を投入してレバーを下げると紙箱が出てくる販売方式のものがあった。この販売機はアメリカの手動タバコ販売機を参考にしており、電源を必要としない。
コスモスの倒産から30年余りが経過した現在でも販売機が現存している地域もあり、コスモスとは無関係に再利用されていたりする。
カプセルトイ界の問題児
流行モノを片っ端からコピー商品としてカプセルトイ化したりと著作権などどこ吹く風な製品が多く、そうでなくてもカオス極まりないカプセルトイを多く出していた。実にくだらない商品が多いが、電子玩具も大当たりとして混入していた事もあり、良くも悪くも子供の射幸心を煽るラインナップもあった。一例として三菱鉛筆の「uni」のキャンペーン懸賞グッズは軒並みコピーされていた。
玩具メーカーでありながら『フライングトレイン』という業務用のビデオゲームもリリースしていたが、やはりというかこの作品もコナミが1981年に発売した横スクロールシューティング『スクランブル』のデッドコピーであった。
こんなメーカーでありながら80年代初期にはテレビアニメのスポンサーを務め、番組内でTVCMも放映していた時期もあり、しかも「類似品にご注意ください」とのキャプションまで入っていた。お前が言えた事か!?
しかし、あるブームに便乗したコピー商品が同社の存亡に関わる引き金となったのである。
偽ビックリマンシール騒動
ロッテのチョコレート菓子「ビックリマン」のオマケである「天使VS悪魔シール」が子供達の間でブームになった頃、コスモスはこの人気に便乗しビックリマンシールをまんまコピーしたシール5枚一組をカプセルに封入して堂々と出してきたのである。
その際、シールに書かれていた「ロッテ」の表記を「ロッチ」に改変していた事から、「ロッチといえばコスモスの偽ビックリマンシール」という認識が広まった。これが子供達の間でのトレードにおいて問題化し、とうとう本家本元のロッテがコスモスを訴える事態にまで発展した。
コスモスはこの偽ビックリマンシールで3億円以上の売り上げを稼いでいたらしいが、ロッテから訴訟を起こされたのを機にコピー商品から足を洗った「まともな会社」にする為の改革を行うも結果として社員の離反を招き、これが倒産に繋がったと言われている。(参考リンク)
この為、ロッテには損害賠償金が殆ど支払われなかった上に事件は有耶無耶になったが、著作権違反容疑で当時の社長・専務・印刷責任者が書類送検されている。
会社としてのコスモスは消滅したものの、子会社だったヤマトコスモス、足利コスモスが後継会社として現在も存続している。
ハズレがブームに?
コスモスのカプセルトイは射幸性があるのが特徴で当たり以上にハズレが大量に詰まっている。
しかしながらハズレ自体が流行した事がある。1970年代のスーパーカーブームの頃におそらくハズレ扱いとしていたスーパーカー消しゴムが流行していた。これはコスモスのラインナップでも珍しい部類に入る。
余談
上記の偽ビックリマン騒動もあってか、カプセルトイに偽物グッズが流通しなくなったのか……と言われると、そうではない。コスモス消滅以後に著作権を無視したものをカプセルトイとして出していた業者が摘発される事例が少なからずあった。
現在も、無許可のアイドルグッズ等が(他社の)カプセルベンダーで売られている現実がある。それを踏まえると当時の偽ビックリマン騒動がいかに凄かったのかが分かるだろう。
なお、偽ビックリマンシールはコスモス以外の出処不明の業者からも出ていたらしく「ロッチ」の文字すらないコピーシールも出回っていた。
現在のカプセルトイでも変わり種なものがあるが、コスモスのカオスさには及ばないとの意見もある。
実のところ、倒産後の平成の世に突入してもコスモスの一部ラインナップはしばらくの間出回っていたが、いつ頃まで販売されたのかいつ姿を消したのかは定かではない。少なくとも後継のヤマトコスモスや足利コスモスにも既に在庫は存在しないと思われる。
外部リンク
こちらのサイトでコスモスのカオスな商品ラインナップを紹介している。どれだけカオスだったかは一見の価値あり。