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伏見宮貞敬親王の編集履歴

2019-04-03 14:40:19 バージョン

伏見宮貞敬親王

ふしみのみやさだゆきしんのう

伏見宮貞敬親王とは江戸時代中期の皇族。伏見宮19代当主。

概要

伏見宮邦頼親王の王子。幼称は嘉禰宮(かねのみや)


プロフィール

続柄伏見宮邦頼親王の王子
出生安永4年12月10日(1776年1月1日
死去天保12年1月21日(1841年2月12日
配偶者一条輝子(一条輝良の娘)、藤原誠子
子女伏見宮邦家親王梨本宮守脩親王、ほか
父親伏見宮邦頼親王
母親松木宗美の娘
役職兵部卿

経歴

安永8年(1779年)に後桃園天皇が崩御したとき。後桜町上皇と前関白近衛内前とともに後継候補の一人だった。

寛政9年(1797年)の8月に親王宣下をし、貞敬と命名。同月に元服。享和2年(1802年)に父の邦頼親王が薨去し伏見宮を相続。文化元年(1804年)に兵部卿に就任。翌年の文化2年(1805年)に二品。文化8年(1811年)に一条輝子と結婚。天保12年(1841年)正月に一品。同年に薨去。


外部リンク

伏見宮貞敬親王 - Wikipedia


関連タグ

江戸時代 皇族 伏見宮 天皇


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