般若心経
はんにゃしんぎょう
構成
釈迦に師事した高弟『十大弟子』の筆頭・舎利佛(舎利子)が、仏に向かうさらなる修行に努める観音菩薩から極めて難解な、しかし仏教を修める上で欠かせない概念「空」(くう)に関する般若(智慧=迷いを看破する真理=事象を正しく捉える力)を諭されたとされる内容を280字前後で簡潔にまとめた教典。
極端に言えば、大小様々な般若経典を全600巻16部に集約した仏教屈指の大経典『大般若波羅蜜多経』の要素を抽出・洗練したものが般若心経である。現存が確認されている訳文の中では、伝・鳩摩羅什訳『摩訶般若波羅蜜大明呪経』と伝・玄奘訳『般若波羅蜜多心経』の2つが代表格に当たり、日本では全262字(説法244字+陀羅尼18字)から成る玄奘訳が広く用いられている。
日本で活動する宗門のうち、特に大乗仏教に則った天台宗、真言宗、禅宗、法相宗、浄土宗では重要な位置を占め、教義によって般若心経を必要視しない諸宗諸派(代表例:法華宗、日蓮宗、浄土真宗)でも「仏教的教養を深めるための学問」として、また俗世でも「仏の功徳が込められたご利益あるもの」として信仰の有無に関わらず様々な形で遍く認知、利用される。
なお、数多の経典を修学した真言宗開祖である空海は、自身が著した般若心経の注釈書『般若心経秘鍵』の中で
<本文>
文は一紙に欠けて、行は則ち十四なり
謂うべし、簡にして要、約にして深し
五蔵の般若は、一句にふくんで飽かず
七宗の行果は、一行に飲んで足らず
<訳文>
文章にすれば紙一枚も満たさず、言い換えれば十四行である
言葉に出すと簡略ながら要点を押さえ、短くも深遠である
五つの経典(経・律・論・般若・陀羅尼)の智慧が一句に含まれ、なお尽きない
七つの宗門(華厳・三論・法相・声聞・縁覚・天台・真言)の境地が一行に表され、なお足りない
と記し、いかに優れた経典であるかを絶賛している。
全文
観自在菩薩行深般若波羅蜜多 時照見五蘊皆空度一切苦厄
舎利子色不異空空不異色 色即是空空即是色受想行識亦復如是
舎利子是諸法空想 不生不滅不垢不浄不増不減
是故空中無色無受想行識 無限耳鼻舌身意無色声香味触法
無限界乃至無意識界無無明亦 無無明尽乃至無老死亦無老死尽
無苦集滅道無知亦無得 以無所得故菩提薩垂依般若波羅蜜多
故心無圭礙無圭礙故 無有恐怖遠離一切転倒夢想究境涅槃
三世諸仏依般若波羅蜜多 故得阿耨多羅三藐三菩提
故知般若波羅蜜多 是大神呪是無上呪是無等等呪
能除一切苦真実不虚 故説般若波羅蜜多呪
即説呪曰羯帝羯帝波羅羯帝 波羅僧羯帝菩提僧莎訶
般若心経
結局、般若心経は何なのか?
般若心経を現代語訳し、それを読んだ各人の解釈に基づいて生活の中に反映する動きは往々にして存在する。しかし、般若心経の真意を身も蓋も無く言うと「『羯帝 羯帝 波羅羯帝 波羅僧羯帝 菩提僧莎訶』と唱えましょう」、つまり陀羅尼の勧めに尽きる。そして、何故に陀羅尼を唱えるべきなのかを理解する鍵が「空」と「無」であり、この般若を会得する事で苦の脱却に至った経緯を観音菩薩が舎利佛に語り聞かせたという法話なのである。
ちなみに、この陀羅尼18字はサンスクリット語の原音に基づく真言(マントラ)であり、意味を知ろうと訳した所でむしろ真意から遠ざかるものとされ、多くの訳文書でもその意訳はバラバラである。