概要
クトゥルフ神話TRPG独自のパラメーターで、プレイヤーの正気度を示す数字。
なお後述に詳しいが、SAN値という言葉はファンの間で使われている俗語であり、公式のルール用語ではない。
SANは英語のSanity(正気、健全さ)の略。いわば心のHPであり、戦って勝てないような敵ばかり登場するクトゥルフ神話TRPGでは、ある意味普通のHPよりも大切な数字。凄惨な現場を目の当たりにしたり、おぞましい神話生物や神々を目撃したり、恐ろしい真実に行き当たってしまったりすると減少する。0になってしまうと取り返しのつかない発狂状態となり、ゲームオーバーになってしまう。
具体的には、そのキャラクターはマスターに没収され、NPCとなってしまう。その後精神病院で余生を終えるかもしれないし、邪悪な魔術師になりはてるかもしれない。
他作品ではあるが、マッポーめいたアトモスフィア溢れるサイバーパンク・ニンジャ小説において、ニンジャを目にした事による悲鳴とその結果は、まさにSAN値減少を表現したものに他ならない。
ルール
SAN値は探索者のパラメーターの一つPOW(精神力)に5をかけた数字が初期値になる。日常ではあり得ない恐怖に遭遇してしまった場合にKPの判断で正気度ロールと呼ばれるロールが入り、100面ダイスもしくは10面ダイス二つ(片方を十の位、もう片方を一の位とする)を振る。これで現在のSAN値より高い数字が出ると、失敗としてSAN値が減少する。つまり、減れば減るほど減りやすくなる。また、場合によってはたとえ成功しても減る。失敗すればたとえ今まで減っていなくても一発で0になることもあり得る。その減り具合によって『一時的狂気』、『不定の狂気』、『永久的狂気』の三段階の状態が発生する。
- 一時的狂気 一度に5ポイント以上のSAN値が失われ、更に「アイデアロール」(知性×5%)に成功すると発生する一時的なパニック状態。狂気の内容は「狂気表」の中からダイスで決めるか、その場にあわせてKPが指定する。ヒステリックになったり、金切り声をあげたりするようになる。中には自殺や殺人を試みると言う厄介なものもなる。期間は状況にもよるが、ゲーム内の数分から数日程度。技能「精神分析」で即座に回復が可能。
- 不定の狂気 短時間(ゲーム内時間での1時間以内)に多くのSAN値(現状値の1/5)が失われた場合に発生。一時と違い、「アイデアロール」に関係なく長期的な狂気状態に陥る。内容は一時的狂気同様KPの指定、もしくは「狂気表」の結果で決まり、期間は1~6ヶ月程度(場合によってはもっと長い)。日常生活に支障が出て、場合によっては探索続行が不可能になるため、その探索者が退場になることもある。 技能「精神分析」で回復可能だが一時しのぎであり、完治には精神病院への通院・入院を必要とし、場合によっては治療後も探索者の心にトラウマを残すこととなる。
- 永久的狂気 SAN値が0となった場合に発生。完全な発狂状態であり、KPの裁量にもよるが基本的に二度と正気には戻らない。具体的にどのような発狂状態になるかもKPの裁量次第。こうなると多くの場合ゲームオーバーで、その探索者はNPC扱いとなる。「精神分析」でも回復は不可能。完全に『倫理』や『常識』から隔絶された精神状態となっているが、その症状はコミュニケーションが完全に不可能となる場合から、一見すると理性的に見える場合など様々。 その後の療養や処置次第ではあるが、実は正気に戻ること自体は不可能ではない。KPの裁量にもよっては、辛抱強く治療を受け続けていれば最終的にはSAN値は初期値(POW×5)までは回復可能ともルール上解釈可能。ただし、仮にできたとしても、まず「正気度0」の状態を脱するのに年単位の時間がかかる上に、そこからさらに回復するのが数ヶ月毎に1〜3程度なので、いずれにせよ探索者としての復帰は不可能と考えるのが良いだろう。
狂気表
基本ルールブックに記載されている狂気の内容を示した表。一時用の短期のものと不定用の長期のもので内容が異なる。10面ダイスで振り、その内容にあわせて狂気内容が決まる。
ただし、PC設定やその時の状況によってKPがあらかじめ発狂した時の内容が決められている場合もある。
さらにクトゥルフの神々に関する知識技能『クトゥルフ神話』を取得すると、その分だけSAN値の最大値が下がる。さらにクトゥルフ神話TRPGでは魔法が存在するが、これの習得も使用もSAN値と引き換えである場合がほとんど。だが、技能『クトゥルフ神話』や魔法の習得・使用がないと厳しい場合もあり、兼ね合いが重要となる。
SAN値は事件を解決してシナリオクリアをする、神話生物を退ける、他の探索者から技能『精神分析』を受ける、などで回復する。他にゲーム中に何らかの理由で技能が90%を越えたり、POWが増加したりした場合でも回復する。
古いシナリオではクリアの報酬として回復するなどとは書かれていない。また原点の描写から考えてもむしろ回復するのは不自然である。そのためゲームバランス的にも発狂してロストする可能性が非常に高かった。クトゥルフ神話TRPGが死亡率が高い高難易度ゲームだとされていた一因。
ただし、実際のところ死亡率は結局はシナリオ次第であり、どんなにほのぼのしたシナリオを作ってもゲームシステムが自動的に殺しにくるようなゲームではない。
珍説
クトゥルフ神話の『名状しがたき者ども』のほとんどに対して、その多くが嫌悪感を感じないどころか、食うわ、エロスのネタにするわという有様の日本人にはSAN値などないと言われる。
そもそも、クトゥルフ神話の『名状しがたき者ども』は、原作者のラヴクラフトが自身を基準に生理的嫌悪感を抱くものを参考につくったのだが、
アメリカ人のラヴクラフト | 一般的な日本人 | |
---|---|---|
魚類 | 生臭くて気持ち悪い | 生ですら食う |
イカタコ | 生臭くて気持ち悪い上に見た目も醜悪 | イカゲソたこ焼き美味しいです |
海藻類 | 生臭くて気持ち悪い上にぬめる | 海苔とかワカメとか昆布とか日本食には欠かせないですね |
……とこんな具合である。なんてことはない、ラヴクラフトの怖いものとゆーのは日本人が普段フツーに口にしてるものなのだ。
だからこんな有様になる。
→侵略!イカ娘 這いよれ!ニャル子さん 日本人に見つかった結果
逆に日本人男性が怖がるものといえば……ああ!窓に!窓に!
念のため言っておくと、上の記述はあくまでネタ半分。いや、ほぼ完全にネタ。
クトゥルフのモンスターどもは単なるタコやイカではなく化物なのである。ラヴクラフトは海産物を気味悪がってたけど本気で怖がってたわけじゃない。
その多くは日本人が見ても嫌悪感を催させる姿をしているし、言うまでも無く単に見た目が気色悪いだけではなく、非常に危険な連中でもある。また、蛆虫が集まって人型になった化物とかいった、海産物とは無関係のモンスターも数多く存在している。
何よりも、クトゥルフ神話体系の人を狂気に陥れるおぞましさというのは、単に登場する化物の生理的嫌悪感を催させる外見だけによるものなどではない。
ネタをネタとしてより楽しむためにも、一度は原典にも目を通してクトゥルフ神話体系をちゃんと知っておくとよいだろう。
もっとも、そこから萌え化してしまう日本人は奇異の目で見られがちなのだが。
ホラーの宿命として、新鮮さを失えばネタとして弄られてしまうのは当然の流れで、本国アメリカでもクトゥルフ神話はネタとして日本以上に散々弄られまくっている。食用として見るかは別として、タコやイカを見て本気で怖がる西洋人など「日本人は今でも全員ちょんまげで刀を差している」レベルの誤った認識である。
日本での認識は、本国から伝わり周知されるまでの時間の差があったため、現代とのギャップからチープさが先に目についただけだとも言える。
実は……
ここまで書いておいてなんだが、クトゥルフ神話TRPGの現行のルールブックに存在するSANという能力は、ここで書かれているSAN値とは別物である。
実はここで言われているSAN値とは、公式の日本語ルールブックでは「正気度ポイント」と表記されているものだ。(原語ではSanity Point)
SANはそのキャラクターの普段の精神状態を表す数値であり、正気度ポイントと違い増減はしない。現在の正気度ポイントがSANよりも下だったならば「本来あるべき状態よりも精神的に不安定」ということになり、逆に現在の正気度ポイントがSANよりも上だったならば「いつもよりリラックスしてる状態」ということになる。
実際に狂気に陥っているかどうかを表すのは正気度ポイントの方なので、SANはゲーム的には意味がほとんど無いフレーバーに近い能力値であるが、SANと正気度ポイントとの関係を知っていればキャラクター表現に幅が出てロールプレイも捗るだろう。
そして、正気度ポイントが0に減少したというのと、能力値のSANが0というのでは意味が大きく異なる。
正気度ポイントが0に減少したというのは正常な世界の人間が狂気に染まりきったことを意味するが、能力値のSANが0というのは存在自体が狂気な神話的生物であることを意味するのだ。
NPCなどの狂信者でSANが0というのがいるが、もはや彼らは狂人と言うより人間ですらなくなったという意味である。
一方、PCは正気度が0になろうがSANは基本的に減少しない。そして正気度は0になっても回復するチャンスはある。どんなに狂っても本質的な人間性だけは決して失わないというわずかな希望こそが、NPCにはないPCだけの特権なのである。
Sanity PointをSAN値と呼び始めたのは、日本語版が出る前から英語版でプレイしていたプレイヤーたちである。彼らの中で使われていたいくらかの独自の和訳が、同人誌界隈においては『クトゥルフの呼び声』の翻訳を待ち続けていた当時のゲーマーたちの間で先に広まっていた。
しかし、Sanity Point(正気度ポイント)をSAN値と言い換えてしまうと、能力値のSANと混同されて正確なルール表記ができなくなるので、公式日本語訳されたTRPGのルールブックとしては「SAN」と「正気度」という表記を分けて区別を明確にしようとしていた。
ところが、最初期に出た日本語版ルールブック(ホビージャパン版)では翻訳スタッフ自身が当時の同人界隈の影響を受けていたのか、正気度と書くべきところをうっかりSAN値と表記した部分が大量にあり、逆に能力値SANと正気度ポイントを混同するプレイヤーたちを激増させてしまったのだ。
そしてインターネットの流行により、SAN値という訳語の方がTRPGと無関係に取り替えしのつかないレベルで浸透してしまったのだ。
その混同の結果、正気度ポイントによる判定を行い、能力値SANを減らすという間違ったルールでプレイを続けているグループがTRPGプレイ動画で現在でも見られたりする。
現在のルールブック(エンターブレイン版)はこのあたりは徹底して添削されてSAN値という表記は一切使っていないし、もちろん巻末の単語索引にも載っていない。
しかしプレイ動画あたりから興味を持ってルールブックを買った層は、正気度とSANを混同するケースが頻発している。
しかしそうはいってもSAN値という言葉がTRPGと無関係にすでに市民権を得てしまっている以上はもはやどうしようもないので、ゲームの宣伝文句ではルールブックにはない「SAN値」という言葉を公式でも平気で使っており、とてもややこしいことになっている。