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醍醐兼純の編集履歴

2021-11-19 15:09:27 バージョン

醍醐兼純

だいごかねずみ

醍醐兼純とは江戸時代中期の公家。

概要

一条兼香の子で、右大臣醍醐兼潔(経胤)の養子になる。


プロフィール

時代江戸時代中期
生誕延享4年10月16日(1747年11月18日
死没宝暦8年4月21日(1758年5月27日
官位従三位、中納言
主君桃園天皇
氏族一条家醍醐家
父母父:一条兼香、母:家女房、養父:醍醐兼潔
養子:冬香

経歴

寛延3年(1750年)に叙爵し養父の兼潔に子供がまだいなかったことで養子になる。その後冬香が誕生したことで義弟の冬香を兼純の養子にする。宝暦8年(1758年)に死去。


関連タグ

朝廷 公家 一条家 醍醐家


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