「親父も次郎ニイも嵩ニイもノリ子姉ちゃんも食われてしまった…俺がウェンカムイを連れてきたから」
概要
樺太から北海道に帰還した杉元一行が出会った砂金掘り師。
ギョロリとした魚眼に防寒帽子、小柄な体格が特徴。4人の家族と共に暮らしているようだ。
砂金掘り師としての腕前は一流で、川の様子を見ただけでどこに砂金があるのか見抜くことができる。この技術を駆使して雨竜川で砂白金を集めており、1日に50円も稼いだ事がある(この時代の50円は現在の価値で約100万円)。
それというのも、かつて砂金取りの過程で白金は捨てられていたのだが、万年筆の先端部分の材料として需要が生まれ、高額で取引されるようになったのである。
お人好しな性格で、杉元たちに砂金の知識を惜しげもなく披露。そんな彼に杉元と白石は感動し、「平太師匠」と呼ぶようになる。
一方で臆病な部分もあり、子供の頃にアイヌからウェンカムイ(人を襲ったヒグマのこと。悪い神様の意)の話を聞いたことがあり、その話がとても恐ろしかったことから心にトラウマに近い恐怖を抱いている。
最近、雨竜川近辺で砂金掘り師を何人も食い殺しているヒグマが自分を狙っていると語り、常にヒグマの影に怯えている。もう何年もの間、狙われ続けていると言うが…?
正体
網走監獄から脱獄した刺青囚人の一人であり、「道東のヒグマ男」と恐れられた連続殺人犯。
その正体は多重人格者であり、自身のほか家族4人とウェンカムイの計6人分の人格を持つ。つまり杉元らと一緒にいたのは最初から平太一人のみであり、家族も自身を狙うヒグマも自分の頭の中にだけ存在する妄想の産物だった。
普段は一人芝居をしながら妄想の中で家族との生活を営み、ウェンカムイ状態になるとヒグマの毛皮を被ってヒグマさながらの怪力と食人衝動に苛まれ、通り魔的に犠牲者を惨殺してはその肉を捕食してきた。ウェンカムイ化した状態であれば囚人の中でも上位に位置するフィジカルの持ち主であり、素手で杉元の腕を圧し折り空中に放り投げるほどの筋力を誇っている。そのためか、小柄な体格に見合わぬはち切れんばかりの筋肉をその身に宿しており、ウェンカムイ状態では冗談抜きで熊並の怪力を発揮している。
そのような妄想を抱くようになった背景には、過去のトラウマが関わっている。
平太はかつて、自分が一生懸命採ってきた砂金で得た財産をすぐに散財してしまう自堕落な家族に嫌気が差していた。そんな理不尽な家族に罰を与えたかった平太は、ある日ヒグマの食べ残しを自分の家の近くに埋め直した。ヒグマは一度獲物と定めたものに異常に執着する性質があるため、平太の行為によって「獲物を横取りされた」と感じて彼の家族を襲うこととなる。どの程度の罰を与えたかったのかは不明だが、結果的に家族は平太のけしかけたヒグマによって惨殺されてしまう。そのヒグマは自分を襲う前に猟師に仕留められてバラバラにされてしまい、平太は一人生き残った。後に残ったのは、家族を死なせてしまったことへの後悔、そして自責の念として表れたウェンカムイであった。
この事件から平太の人格は分裂し、ウェンカムイとなったヒグマに狙われる妄想に苦しめられるようになる。死んだ家族達を妄想するうちに彼等を別人格として再現した平太は妄想の家族と暮らし、妄想のウェンカムイに常に狙われている。やがてウェンカムイは次々と妄想の家族を喰い殺し始め、最後には平太自身を喰い殺してしまう。その後平太は「ウェンカムイに食われて体を乗っ取られた」という妄想に支配され、現実に人を殺して喰ってしまう。人を殺した後、平太の中に巣食うウェンカムイは弾け飛び、平太は自意識を取り戻すようになるのである。
そのため平太は死刑囚として収監されている間は「これでウェンカムイが暴れて人を殺すこともなくなるだろう」とむしろ安心していたのだが、彼に宿るウェンカムイは勝手に平太の体を動かし、のっぺら坊に刺青を彫らせた後に彼を脱獄させてしまったのである。
とはいえ本人も己の中のウェンカムイに苦しみ続けており、己の凶行自体にも負い目を感じている被害者であった。ウェンカムイは歴とした多重人格の一つであり、平太自身にはどうすることも出来なかったのである。
ウェンカムイ状態のまま杉元と交戦する中で自意識を取り戻すと、自ら仕掛け罠(アマッポ)のロープに手をかけ毒矢を発射。杉元を庇う形でこれを首に受け、自分の中のウェンカムイを消す事が出来たことに喜びながら息絶えた。