概要
三角公園と呼ばれる広場を中心に、約2,500の店舗で構成される。
通称「アメ村」。
元々は寂れた倉庫街だったが、1970年代になるとアメリカから輸入したアパレルや雑貨の販売店に変貌を遂げてゆき、やがてアメカジ文化の発信地になった。
他にもレコード店やライブハウスも立ち並び、昭和後期には関西におけるファッションの拠点として全国的に名を挙げた。
アメリカ村という名前は、1971年にそごう百貨店で開催された「アメリカ村夏の陣」というイベントから定着したもの。
しかし、1990年代に入るとスラム化が顕著になり、落書き、恐喝、不良の抗争、麻薬の密売などが多発。
少年犯罪の巣窟というイメージがついたことに加え、周辺地域の開発に若者の注目が奪われたことで客足が遠のく。
以降は活気が薄れつつあるため、自治会も防犯カメラの増設や見回りの強化で治安の向上に努めている。
関連項目
渋谷区:東京における若者文化の発信地として、かつては「東の渋谷、西のアメ村」と例えられた。特に渋谷センター街や道玄坂は雰囲気が似ている。