プロフィール
経歴
1987年アメリカ競馬でデビュー。アメリカでは主流だったダートで一勝もできず3歳時に芝路線に転向。
秋シーズンにGⅠを3連勝し、ブリーダーズカップでも2着に入り最優秀芝馬となった。
引退後は日本に輸入される予定だったが金額面で折り合いが付かず、アメリカで種牡馬入り。だがGⅠ馬(しかも格付けの変更により現在はGⅢまで降格しているレース)1頭しか出せず結局日本に輸入されたが、そこでも振るわず2004年アメリカに帰国。2014年逝去。
現在ではほぼマルターズヒート・マルターズアポジー母子の母系に残るだけの存在となっている。
余談、と言うか本題
実は先にも述べたようにサンシャインフォーエヴァーは日本に輸入される予定があったのだが、その際代わりに提示されたのがブライアンズタイムだった。
サンシャインフォーエヴァーはブライアンズタイムと父が同じ、祖母も同じ、母の父も同じグロースタークと言う血統であり、競走馬としてはやや格下だったブライアンズタイムがサンシャインフォーエヴァーに代わって輸入されたのである。
しかしその種牡馬成績は言うまでもなく初年度から三冠馬、2年目も年度代表馬を生み出したブライアンズタイムの圧勝であり、なんとも皮肉な運命である。