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東伏見慈洽の編集履歴

2023-10-17 21:39:29 バージョン

東伏見慈洽

ひがしふしみじごう

東伏見慈洽とは日本の旧皇族、華族、僧侶。

概要

久邇宮邦彦王の第三王子、母は俔子妃公爵島津忠義の八女)、爵位は伯爵、青蓮院門主。


経歴

明治43年(1910年)に誕生、東伏見宮依仁親王周子妃の元へ預けられ養育された、旧皇室典範では皇族の養子縁組は禁じられいたため宮家を相続は出来なかった、依仁親王の薨去後に臣籍降下をして東伏見宮の祭祀を継承し東伏見の家名を名乗り伯爵に叙爵された、京都帝国大学(京都大学)を卒業し同大学の講師として活動した。


昭和20年(1945年)に青蓮院で得度して僧侶となり昭和28年(1953年)に同院の門主となった、昭和60年(1985年)に京都仏教会の会長となる、平成16年(2004年)に門主を退任、平成26年(2014年)に死去。


血縁

父母



子女

  • 東伏見韶俶
  • 東伏見慈晃
  • 東伏見睿俶
  • 東伏見邦子(西川昇夫人)

外部リンク

東伏見慈洽 - Wikipedia


関連タグ

旧皇族 華族 伯爵 久邇宮 東伏見宮 僧侶 青蓮院

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