ピクシブ百科事典は2024年5月28日付でプライバシーポリシーを改定しました。改訂履歴

広幡忠隆の編集履歴

2023-12-26 20:17:09 バージョン

広幡忠隆

ひろはたただたか

広幡忠隆とは明治時代から昭和時代までの華族。

概要

父は広幡忠朝、爵位は侯爵、貴族院議員。


経歴

明治17年(1884年)に誕生、明治38年(1905年)に侯爵を襲爵、明治42年(1909年)に貴族院議員に就任。他にも侍従次長なども就任した。昭和36年(1961年)に死去。


逓信省に入省し逓信管理局書記に任官し管船局に配属された事を皮切りに、戦時船舶管理局庶務課長、同航路課長、管船局庶務課長、兼管船局調査課長、燈台局長、管船局長などを歴任したことで海運商船にも造詣が深く、著書を数冊出していた。そのうちの1冊、「海運夜話」(昭和7年初版、戦後の昭和28年に改訂版が出版)は資料がほとんど残っていない尼崎汽船部等、当時の海運を知る貴重な資料となっている。



系譜

父:広幡忠朝

母:広幡昭子(岩倉具綱の次女)

妻:山本文子(男爵山本達雄の次女)

長女:広幡信子(広幡増弥夫人)

次女:広幡敦子(松平悌夫人)

養子:広幡増弥(男爵伊藤安吉の次男)


外部リンク

広幡忠隆 - Wikipedia


関連タグ

華族 広幡家 侯爵

問題を報告

0/3000

編集可能な部分に問題がある場合について 記事本文などに問題がある場合、ご自身での調整をお願いいたします。
問題のある行動が繰り返される場合、対象ユーザーのプロフィールページ内の「問題を報告」からご連絡ください。

報告を送信しました

見出し単位で編集できるようになりました