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金田哲の編集履歴2024/12/04 22:05:03 版
編集者:こんぽた
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概要

主にボケ担当(一部のネタではツッコミ)。

1986年2月6日愛知県田原市出身、身長178cm、体重60kg。

愛知県立豊橋工業高等学校繊維科卒業(※現在の校名は豊橋工科高等学校。繊維科は廃止済)。

剣道を教えている父の影響で、自身も中学校卒業まで続けていた。腕前は三段。

運動神経抜群で、小学校から高校まで体育だけは常に一番上の「5」を取り続けていた。反面勉強が大の苦手で、地元で一番偏差値が低い(当時)という理由で高校を選んだが、その高校でも留年が危ぶまれるほどであった。さらに、在籍している科が金田の年を最後に廃止が決まったため、留年=退学という危機にさらされたことがある(最終的には学校側に土下座して陳情書を送ったことで試験を受け直させてもらい、無事卒業できた)。

志村けん岡村隆史の影響でお笑い好きになり、中学生の頃は同級生とコンビを組んで文化祭などでネタを披露していた。

ブレイクして多忙になってからは生来の遅刻癖が悪化し、劇場やロケへの遅刻を繰り返していた。関西圏の劇場はすべて出禁になっているという。

相方の川島からは「(金田は)芸人界で1位2位を争う遅刻魔です」と言われており、金田本人は「ただの言い訳なんですけど……」と前置きした上で、「たくさんお仕事させていだき、3日間寝てないこともありました。その状態で、僕はお酒が好きなのでお酒を飲みます。すると舞台に遅刻します」と頻繁に遅刻をしていた経緯を語っている(※のちにアエラドットのインタビューで当時を振り返って「デビューからまもなくブレイクしたため経験が少なく、せっかく出演できたテレビ番組でも活躍できず徐々に自信をなくしていった」「当時のテレビ業界の風潮もあって、スタッフに厳しく当たられたり、ロケ先で暴言を吐かれたりしていたことで、精神的にかなり追い詰められていた」と明かしている)。

歴史が大好きで、地元とも縁がある徳川家康を尊敬している。また小学五年生の時に自由研究で長篠の戦いについて調べるうちに鳥居強右衛門の活躍に感銘を受け、彼のことも尊敬している。

長年大河ドラマへの出演を熱望していたが、徳川家康が主人公の『どうする家康』には出られなかった。翌年の『光る君へ』にて藤原斉信役で念願の大河出演を果たし、共演陣とも交流を深めているとのこと。

ネタで演じる奇天烈なキャラの印象が強いものの、実はイケメンと評判であり、女性人気も高い。若手時代は「笑いにカッコよさはいらねぇ」とイケメン扱いを嫌い、あえて尖った風貌にしていたが、年齢を重ねてその辺の考えが丸くなり、自然になってきているという。『ピラメキーノ』や吉本坂46のMVでは女装姿も披露している。

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