概要
太平洋戦争中、日本の大本営による陸軍部及び海軍部が行った公式発表を「大本営発表」という。第1回目の大本営発表は真珠湾攻撃を伝えるもので、1941年12月8日6時に行われ、終戦後の1945年8月26日まで計846回行われた。
ところが、日本側の敗色が濃厚になるにつれて、さも戦況が有利であるかのような虚飾報道が著しくなり、末期になると勝敗が真逆の発表すら日常的に行われていた。
そのため「ある組織等が実態と幾分あるいは全く異なる情報を公表宣伝する」ことを「大本営発表」と皮肉る表現として用いられることが多い。
なお、大本営発表による戦果報告は実際と比べ空母撃沈数は約7.6倍、戦艦撃沈数は10.75倍にまで膨れ上がっていたが、末期はそれら報告が全て真実だとしても米軍にはなお十分な戦力が存在していた。
実際の状況
戦前のマスコミは、自由民権運動や大正デモクラシーを経て軍や政府に対して批判的な報道を多く行っており、かねてより軍やその影響下にある在郷軍人会との衝突が起き、時に退役軍人達が新聞社に押し掛けて経営陣をつるそうとしたこともあった。
そうした関係も満州事変以降次第に変化して行き、また国民も戦争や軍に批判的な新聞社の不買運動を起こすなどしていた。朝日新聞など最後まで批判的だった新聞社も、次第に軍との関係を強め、新聞各社は軍を批判する風潮は弱めつつも特ダネを狙うべく軍の報道のすっぱ抜きやスクープなど熾烈な報道合戦を始めたのだが、真っ当な報道ならまだしも、現場指揮官の「○○は占領したも同然」という言葉を受けて「宜しい、では占領と記事にしましょう」と記者が成果欲しさに重大な虚偽報道をするということもあった。
これに手を焼いた軍部は、紙の供給や報道許可の停止をちらつかせたりして報道界を締め上げていき、そもそも紙も取材もない状態では報道ができなくなるマスコミは、太平洋戦争勃発時にはただ単に軍の報道をそのまま流すだけの機関に成り果てていた。
開戦当初、日本軍優勢で推移していた頃は、大本営発表も概ね事実に即していたが、1942年2月の段階で米の「エンタープライズ級空母」を撃沈した、あるいは「航空母艦1隻大破炎上」、と発表するなどの虚報あるいは戦果の誤認もみられる。また、報道内容に過剰な修飾を行って派手やかに報じるなど、少しずつではあるがのちの虚飾報道につながる種はまかれていた。特に陸軍は、海軍に出遅れたためにそうした報道が多かった。
虚飾報道が増えるのは同年6月のミッドウェー海戦での惨敗からで、日本軍の劣勢を隠蔽するため損害を著しく過小に報道するようになった。
この虚飾報道は特に船舶の被害がそのまま戦力の低下につながる海軍でひどく行われた。
また、用語の言い換えが盛んに行われていた。ガダルカナルの戦いの発表で行われた「撤退」→「転進」、アッツ島の戦いの発表の際行われた「全滅」→「玉砕」、敵艦戦の撃沈か撃破かわからなくなったほど報告能力が低下した時期に撃沈破という新語を作り出すといったことがその例とされる。
こちらは双方の軍が行ったが、陸軍が主(海軍の場合言い換えを行うことができないケースが多い)。中には実態を反映せずに発表した内容が逆に軍事行動に悪影響を及ぼしてしまったケースも多々起き、レイテ島の戦いでは台湾沖航空戦の戦果をそのまま信じた陸軍が、壊滅したはずのアメリカ海軍に大損害を受けて貴重な戦力を消耗してしまうことになった。
発生の原因
- 大本営が戦況を正確に把握できておらず、現場からの報告に頼らざるを得なかった
- 過去の情報や被害状況に見合った戦績を発表する必要があったため
- 士気の関係で大きな損害を出すことを報告することをためらった
- 作戦部など戦争指導に関わる部署が責任問題になることを嫌った
- 報道に各部署の許可が必要で、責任問題を渋る部署のために好ましい報道ばかり挙げざるを得なかった
- 命を懸けて戦っている現場からの戦果確認に対する圧力に抗しきれなかった
などがあげられる。
統制の綻びと終焉
ただしこれらの発表が実態からの乖離が進むにつれ、特に現場の実態に詳しい者からは内容の虚偽性は認識されてきていた。
また、国内の報道では大本営発表に頼らず自前の取材にて前線の様子はある程度把握できており、日本軍の劣勢を国民が全く知らなかった訳ではない。大本営発表に情報を依存している者の間でも、「転進だなどと言い訳がましいこといってるが、要は敗退であろう」などといった主張が国民の間に広まっていたことが特高の月報にも掲載されていた。
44年後半には前線でも投降兵が増加するほど日本人の戦意は大きく低下し、素直に大本営発表を信じていた国民は少なくなっていったことが米国戦後調査でも明らかとなり、情報統制下にあっても勘が鋭い者、情報感度の高い者は大本営発表の行間にある実情を予測・分析して独自の戦況分析を行っていたことがわかっている。
最末期には、盤石であった報道機関への統制も綻びが生じた。広島への原爆投下の際、正直に報告しては士気にかかわり、しかし、壊滅的な被害状況を隠す訳にもいかず「相当の被害」という言葉を用いて表現したところ、普段から大本営発表に触れている記者達は「都内各所に火災を生じたるも宮内省主馬寮は2時35分其の他は8時頃迄に鎮火せり」と報じられた東京大空襲にすら使用されなかったこの語句に強く反応し、「これで負けたんじゃないか」と思わず漏らす記者もいたという(記者達は当然東京の惨状を知っている)。
また、戦争終結2日前には戦争継続派軍人達が偽造した文書を記者クラブで読み上げるという事件が起きた。しかし、「連合軍に対し全面的作戦を開始せり」という戦況報道を超えた文言に違和感を覚え、いつもと印鑑も花押も違うことに気付き報道取止めを求めた記者達は、統帥権干犯まで持ち出して激高する報道官の恫喝にも退かず、政府関係筋に確認を取って文書偽造を暴くなど、最後の最後で報道機関は軍部に対して明確な反抗姿勢を見せた。
最後の大本営発表は1945年8月26日の放送に行われた。
本8月26日以降実施予定の連合国軍隊第1次進駐日程中連合国艦隊相模湾入港以外は、夫々48時間延期せられたり。 |
日露戦争時の大本営発表
この様な大本営になったのは、日露戦争時にもあった。
日露戦争時の日本は連戦連勝ではあったが資源や物資に乏しく、局地的な勝利を重ねていても不安定な戦況ということは変わってなかった。
だが真実をいってしまえば、ロシア側との交渉が上手く行かず、旧日本軍や国民の士気が上がらず、頼りであった国債の売り行きも悪くなる事態が考えられた。
そのため、新聞社や諸外国には日本軍は善戦しているニュースしか教えなかった。
その結果旧日本軍と国民は高い士気を維持したまま講和に望むことが出来た。一方で苦戦や物資、資金の量を知らないために国民は賠償金を取れない講和に不満を覚え、日比谷焼打事件を起こすこととなる。
海外の事例
この様な「不確実な報告」を基にした発表は日本だけのものではなく、特に状況が悪化している国ではこの様なことが発生しやすい。例えば米国の事例ではヒラヌマの事例が存在する。
なお、日本の大本営発表は、米国や英国にもラジオなどで伝えられたが、日本側の発表をある程度信じ込む米国人や英国人が一定数いた。これは後述するが米国や英国の人々も、自国発表を妄信はしていなかったためで、「発表された戦果は正しいとしても損害を隠しているのでは?」といった様にある程度疑ってかかった結果。
彼らの中には投資家などもおり、そのため株価などが混乱することがあった。日本側は、そういった効果を意図した訳ではなかったが、大本営発表は一種のプロパガンダという形で、アメリカを僅かに害するという成果があった。
また、連合国被害が枢軸国に知られることを防ぐために、不利な情報について隠蔽が行われることは、連合国でも日常茶飯事であった。例えば、事前に情報がドイツに漏れたために、待ち伏せを受けて完全な失敗に終わったジュビリー作戦は隠蔽された上に、情報を不用意に漏らした将校は、処罰が一切行われなかった。また、対日戦でも、初期は敗北続きであったために被害の隠蔽は良く行われており、実際に米国の一般国民が自国被害状況を正確に知ったのは、戦後のことである。また、こうしたアメリカ軍の隠蔽姿勢は、一般国民に軍への不信感を植え付けており、前述の「日本が発表した大本営発表を、アメリカ人が信じる」という、奇妙な状況にも繋がった。
詳細は特攻や神風特攻隊の項目に譲るが、神風攻撃で米英艦隊が受けた被害は意外と馬鹿にならず「大本営発表もあながち間違ってなかった」と揶揄される程で、米国側でも厳重な報道管制が行われていた。
他、風船爆弾についても日本側に着弾地点や命中率などの情報を与えないため、厳重な報道管制の対象になった。
2022年のウクライナ侵攻では、ロシアが海外メディアやSNSを軒並み締め出し「軍情報に関して虚偽報道に最大15年の罰則」という法律を定めたため、ロシア国民が広めることのできる情報はロシア政府の発表のみとなっている(国外からの情報はインターネットによりかなり手に入れることができる)。
しかし、案の定ロシア側の発表する戦果は虚偽や捏造されたものが多数を占めており、ウクライナ側の兵器を破壊したという情報1つとっても、過去の映像の使い回し、自国で捏造した映像や写真、撃破は事実だが全く違う兵器、そもそもまだ配備前の兵器…という例が散見される。
ウクライナ側でもそうした事例がない訳ではないが、ロシアと比べれば遥かにマシである(欧米からも情報が発信される他、一般人でも衛星画像等で確認出来るため)。
どちらかというと戦果誤認を原因とする大本営発表が多く、特に艦艇に対する攻撃では、大きな損傷を与えたOr撃沈したという発表があっても、実際には大した損害を受けていなかったり、撃沈されていなかったりすることが何度もあった(それも第2次大戦同様同じ艦艇に対して)。それでも粘り強く攻撃を繰返した結果、三度目の正直の如く撃沈に成功している例もある。
兵士死傷者数に関しては上述された例同様、両国で過小&過大報告が発生している。それでもウクライナ側はまだ正直に報告している方であるとされる。これはロシアとの人口、兵力差的に、報告と事実の乖離が激しい場合、防衛線がとっくに崩壊しているはずであるため。
逆にロシア側は、ウクライナに与えたとされる損害が余りにも多過ぎて、一部人間を除いて余り信用されていない。これは上記と似た理由で、その報告が事実であった場合、ウクライナ軍はとっくに壊滅しているため。
また両国以外の国では、両国の戦果を比較し、プロパガンダを差し引くことで、おおよその死傷者数や損害を割出している。
転じて
この状況より、公式、特に政府などの発表する情報のうち、有利となる情報を過剰に扱ったもの、不利な情報を隠蔽したもの、あるいは自らを有利とする目的をもって発表するものを大本営発表と呼ぶことがある。
スポーツ新聞では、機関紙における特定球団記事を指すことが多い。主な例では、スポーツ報知による読売ジャイアンツ、デイリースポーツにおける阪神タイガース、中日スポーツ・東京中日スポーツにおける中日ドラゴンズの記事などが挙げられる。
関連タグ
大本営 大日本帝国海軍 大日本帝国陸軍 現実逃避 嘘 虚偽 誤報 捏造 プロパガンダ
読売新聞 NHK 産経新聞 よみうりテレビ:長年政権与党である自民党寄りの報道姿勢のため左派から「大本営発表」と揶揄されがち。
ムハンマド・サイード・アル=サハフ/サハフ:フセイン政権(イラク)の情報相。イラク軍の敗北を否定する荒唐無稽な記者会見発表の内容は「大本営発表」にたとえられた。
エンタープライズ サラトガ:大本営発表では撃沈したこととなっていた空母。どちらも終戦まで健在であった。特にエンタープライズは大本営発表では6度も沈んだこととなっていた。