八つ墓村
やつはかむら
横溝作品の中で最も映像化されており、映画化の際、要蔵の鬼のような形相で殺戮を行うシーンや流行語にもなったテレビCMなどで頻繁に流された「祟りじゃ~っ!」というセリフが有名。
あらすじ
戦国時代(永禄九年)のこと、現在の鳥取県と岡山県の県境に当たる所にある小村に、尼子義久の家臣だった8人の落武者たちが財宝とともに逃げ延びてきた。最初は歓迎していた村人たちだったが、やがて毛利氏による捜索が厳しくなるにつれ災いの種になることを恐れ、また財宝と褒賞に目がくらみ、武者達を皆殺しにしてしまう。武者大将は死に際に「この村を呪ってやる! 末代までも祟ってやる!」と呪詛の言葉を残す。その後、村では財宝を探す者達が怪事に巻き込まれるなど奇妙な出来事が相次ぎ、祟りを恐れた村人たちは野ざらしになっていた武者達の遺体を手厚く葬るとともに村の守り神とした。これが「八つ墓明神」となり、いつの頃からか村は「八つ墓村」と呼ばれるようになった。
時は下って大正時代、村の旧家「田治見家」の当主・要蔵が発狂し、村人32人を惨殺するという事件が起こる。要蔵は、その昔、落武者達を皆殺しにした際の首謀者・田治見庄左衛門の子孫であった。こうしたことの積み重なりで村人は深い因習に囚われながら日々を送っていた。
そして20数年後の昭和23年、またもやこの村で謎の連続殺人事件が発生することとなる。
物語は、本作の語り手にして主人公の寺田辰弥の身辺をかぎ回る不審人物の出現から始まる。
彼は母の連れ子であるということ以外、郷里については何も興味を持たず母が亡くなるまで尋ねなかった為、太平洋戦争から復員した際に、養父の消息が途絶えたの最後に天涯孤独の身となっていたと思っていた。
しかし復員後2年近く過ぎたある日、諏訪法律事務所という所から彼を捜すラジオ放送が流れた。そこの諏訪弁護士により、彼が多治見家の人間であること、家人が嫡流が途絶える事を恐れ彼の面倒を見たいと言っていることが伝えられる。ところが後日田治見家の使者である老人(彼の祖父)と面会した際、二人きりになった途端、老人は血を吐いて死んでしまった...
登場人物
寺田辰弥:本編の主人公。要蔵の息子で田治見家の跡取りとして、八つ墓村に呼び戻される。
金田一耕助:私立探偵。
田治見家の人々
東屋と呼ばれる村の分限者の一族。
田治見小梅・田治見小竹:一卵性の双子の老姉妹。要蔵の大伯母。両親を失った要蔵を育てた。
田治見要蔵:田治見家先代。26年前、妻子がありながら井川鶴子を無理矢理、自分の妾にした。辰弥の父親が亀井陽一という噂を聞いて、鶴子と辰弥に暴行。鶴子母子が家出して10日余り後、猟銃と日本刀で武装して32人を虐殺し、山の中へと姿を消した。
田治見久弥:要蔵の長男で、田治見家当代。
田治見春代:要蔵の長女。1度嫁いだが、子供が産めない体となったため離縁され、実家に戻って小梅、小竹の身の回りの世話をしている。
その他の人物
野村荘吉:西屋と呼ばれる村の分限者。美也子の亡き夫・達雄の兄。
森美也子:荘吉の義妹で、未亡人。
長英:麻呂尾寺の住職で英泉の師匠。老齢で中風にかかり、伏せっている。
英泉:長英の弟子で、長英にかわって麻呂尾寺のことを取り仕切っている。度の強い眼鏡をかけている。
洪禅:蓮光寺の住職。
妙蓮:通称「濃茶の尼」。迷信深く八つ墓明神の祟りを恐れている。手当たり次第他人のものを盗む癖があるため、村人達からは疎まれている。
梅幸:慶勝院の尼。妙蓮とは対照的なきちんとした尼で、村人の人望もある。
久野恒実:村の診療所の医者で、田治見家の親戚筋。しかし医師としての腕は心もとなく、診療所の薬品管理も杜撰である。
新居修平:疎開医者。確かな技術と円満な人柄で、村人の信頼を得ている。
津山三十人殺し
『その男は詰襟の洋服を着て、脚に脚絆をまき草鞋をはいて、白鉢巻きをしていた。そしてその鉢巻きには点けっぱなしにした棒型の懐中電燈二本、角のように結びつけ、胸にはこれまた点けっぱなしにしたナショナル懐中電燈を、まるで丑の刻参りの鏡のようにぶらさげ、洋服のうえから締めた兵児帯には、日本刀をぶちこみ、片手に猟銃をかかえていた。』(原文より引用)
本作で要蔵が殺戮を行うシーンは「津山三十人殺し(津山事件)」と呼ばれる事件がモデルになっており、そのときの犯人の風体がそのまま要蔵の格好となっている。
犬神家の一族との関係
よく「水面から突き出た足」のイラストに本タグが付けられていることが多いが、当然のことながら本作にはそんなシーンは存在しない。
映像化に関して
本作は登場人物が非常に多く人物相関が入り組んでいる上、トリックが複雑で巧妙なことから、映像化作品はいずれも大幅な改編省略を余儀なくされている。
その為か、原作でメインヒロインに相当する人物は映像化の際にはほとんど登場していない。
また、8人の落武者を皆殺しにするシーンや多治見要蔵の殺戮シーンは非常に過激なシーンであるため、近年の映像化の際は様々な事情からか、だいぶマイルドに調整されていることがほとんどである。
逆に、前述の「祟りじゃ~っ!」のセリフの元ネタである、野村芳太郎監督・渥美清主演の1977年の映画版は、原作では「祟りに見せかけた犯罪」だった部分の大半を「本当の祟り」として描き、一種のサイコホラー作品としてアレンジしたこともあり、全編にわたって狂気に満ち満ちた展開の連続で、とりわけ落武者を皆殺しにするシーンや要蔵の殺戮シーンは虐殺と言っても過言ではない、非常に凄惨なシーンが(よりにもよって割と序盤から)繰り広げられるため、人によってはトラウマにならないよう、注意が必要である。