概要
横溝正史による推理小説シリーズ、金田一耕助シリーズの中の一作。
同シリーズにおいては八つ墓村と並ぶ人気を持ち、複数回に渡って映画化・テレビドラマ化されている名作。
特に、1976年版の市川崑監督による映画は名作として名高く、後世の作品に大きく影響を与えている。
あらすじ
昭和2X年(映画版では昭和22年だが、後述するようにこの設定には矛盾がある)、孤児の身から製糸業(映画版では製薬業)を興し一代で犬神財閥を作り上げた信州財界の巨頭犬神佐兵衛が信州那須湖畔の本邸で莫大な財産を残し死亡する。
彼は生涯に渡って正妻を持たず、松子、竹子、梅子というそれぞれ母親が違う娘が3人おり、娘達にはそれぞれ1人づつ息子がいた。死後の財産分与に関する遺言状は作られていたが、その公開は松子の子息、佐清の復員次第(あるいは佐兵衛の一周忌)という条件付きであった。
佐兵衛の死後、金田一耕助に佐兵衛の顧問弁護士、古舘恭三弁護士の助手を務める若林豊一郎から調査を依頼する手紙が届く。しかし、若林は耕助と会う前に何者かに殺されてしまう。
その後二週間して、復員した佐清が信州に顔を現す。しかしその佐清の顔は戦禍での大火傷を隠すため、白いゴムマスクで覆われていた。
そして犬神家の面々が揃ったことで佐兵衛の遺言が公開されるが、遺産相続は誠に奇怪な構造になっていた。
第一に犬神家一族のものが遺産の恩恵に預かるためには、佐兵衛の恩人の孫娘野々宮珠世の婿に選ばれなければならないということ、第二に青沼静馬なる、不可解な人物が珠世の次に優遇される立場にあることだった。
こうして、実子を冷遇し、恩人に厚遇を施すこの遺言に、松子・竹子・梅子、及びその子供達にして婿候補の佐清・佐武・佐智の間には激しい憎しみあいがもたらされることになった。
そして新たなる殺人が起きる・・・。
登場人物
探偵。依頼者である若林の死によって、犬神家にまつわる不可解な遺言とそれに端を発した数奇な殺人事件に関わることになる。
犬神家の人物
犬神財閥の創設者。生涯正妻を持つことはなく、代わりに三人の妾を囲っていた。三人の妾との間にそれぞれ娘がいる。生前に遺した遺言状によって、一族の骨肉の争いと悲劇を引き起こす等、全ての元凶となった人物。
このような人柄はともかく、原作では製糸業を営んで地方を活性化させたとあり、地元民からは尊敬されている。
ただ、市川崑監督の同作では孤児という境遇からか、薬物に精通しており、これを軍部に売り捌いて財を成したとされており、得体の知れない人物という印象が強い。
佐兵衛の長女。佐清の母。竹子や梅子とは異母姉妹。三人娘の中で、最も容姿が醜い(ただし、実写では劇場版・テレビドラマ版・演劇版とも端麗ながらも強烈さのイメージがある女優が務めており、醜女よりもむしろ内面が強烈な女性のイメージが強い)。その見掛け通り、したたかで執念深い女性だが、息子思いでもある。また、姉妹では唯一の未亡人でもある。
妹たちとは互いに犬猿の仲だが、父の愛人・青沼菊乃の件に関しては意見が一致。菊乃とその息子に犬神家を乗っ取られないために、襲撃して脅すなど苛烈なことを行った。
犬神竹子
佐兵衛の次女。佐武と小夜子の母。松子や梅子とは異母姉妹。松子ほどではないが、決して綺麗とは言えない容姿の持ち主(こちらも松子同様実写では演じた女優から醜女のイメージは少ない。)。姉の松子や妹の梅子とは互いに犬猿の仲だが、父の愛人・青沼菊乃の件に関しては意見が一致していて、自分たちの安泰のために菊乃を襲撃した。ある一件をきっかけに気が触れてしまったかの如く、無気力な人物に変わってしまう。
犬神梅子
佐兵衛の三女。佐智の母。松子や竹子とは異母姉妹。三人娘の中では、唯一、容姿端麗(演じた女優も端麗なのは多い)。姉たちとは犬猿の仲だが、父の愛人・青沼菊乃の件に関しては意見が一致していて、姉たちと共に菊乃を襲撃した。松子曰く「私ども三人の中では梅ちゃんが軍師なのです。一番思い切ったことをするのです」とのこと。菊乃襲撃のときは赤ん坊の静馬を拷問して(静馬の尻に火箸をあてた)、菊乃を屈服させた。
犬神佐清(すけきよ)
佐兵衛の孫で松子の息子。徴兵で赴いたビルマにて負傷する。終戦後、戦地から引き揚げ母の迎えにより犬神家へ。
珠世とは幼い頃から親密な仲で、お互い「珠世ちゃん」「佐清さん」と呼び合う。映像作品によっては「珠ちゃん」「佐清兄さん」と呼び合うなど、より親密に描かれている。
珠世が大事にしている懐中時計を直してあげるという、手先が器用なところもある。
映像作品では全くと言って良いほど喋らないが、原作では普通に会話をしている。
犬神佐武(すけたけ)
佐兵衛の孫で竹子の息子。妹に小夜子がいる。若々しく強靱な肉体の持ち主である反面、性格は短気かつ暴力的であり、本物かどうか疑わしい佐清に対し実力行使の排除に出ようとしたり、遺産を手に入れるのに珠世が必要と知った途端彼女を強姦しようとする等、作中でも短絡的な行動が目立っている。
戦時中は内地の高射砲連隊に所属しているが、実際には戦ってなどいない。
犬神佐智(すけとも)
佐兵衛の孫で梅子の息子。梅子曰く「とてもおしゃれ」な青年。しかし、その見た目に反して性格は陰険な上に女遊びが非常に激しく、竹子の娘で従妹である小夜子にも手を出し、彼女を妊娠させてしまっている。更に、遺言書の発表後は、遺産を手に入れるべく珠世の身体を虎視眈々と狙い、後に彼女を騙して気絶させた後、その隙に犯そうとまでしている。
佐武同様、戦時中は内地で過ごしたので、戦闘経験は無し。
佐兵衛の恩人である野々宮大弐の孫娘。
金田一耕助シリーズでも、最上位に位置するほどの美人とされる。
両親が亡くなった後、佐兵衛のはからいで犬神家に引き取られた。遺産相続の一件で、危険な目にあうなど複雑な立場に追いやられる。
犬神家の使用人。孤児だったが、珠世の母・祝子が不憫がって引き取り、珠世と姉弟のように育てられた。珠世が犬神家に引き取られたときに一緒に付き添い、佐兵衛から命じられて彼女の世話役(護衛)になる。
猿蔵というのは通称で、別に本名はあるのだが、誰もそちらの名前で呼ぶことは無い。
佐清同様、映像作品では殆ど喋らないが、原作では田舎訛りはあるものの、普通に会話している。
犬神小夜子
佐兵衛の孫。竹子の娘で佐武の妹。珠世ほどではないが美人。従兄の佐智とは結婚前提の恋人同士で、竹子夫婦と梅子夫婦公認の仲だった。遺言の公開以降、佐智が珠世にすり寄るようになり苦悩する。
ドラマ版、劇場版等では我儘かつヒステリックで嫉妬深い等、女の醜い部分を兼ね揃えた人物として描かれていたが、原作では佐智が行方不明になったときは心底心配したり、珠世が佐智に拉致されて強姦されそうになったことを知った時は彼女の手を握ってその心中を気遣ったり、置き去りにされた佐智を金田一達と共に迎えに行くなど、身勝手な人間が多い犬神家の一族では数少ない良識的な人間である。殺された佐智の無残な姿を見たことでショックを受けて精神を病んでしまい、その後に佐智の子供を身ごもっている事が発覚した。
佐兵衛が愛人・青沼菊乃に産ませた息子。つまり、松竹梅の三人娘とは、親子ほどの年齢が離れている腹違いの弟である。
現在は消息不明。
青沼菊乃
犬神家の工場で働いていた女工で、佐兵衛が50歳を越したときに持った愛人。年齢は松子より若い。野々宮晴世(珠世の祖母)の従姉妹の娘に当たる。犬神家の跡取りになりうる男子(静馬)を産んだために、松子たち三姉妹の襲撃を受け、静馬を連れて那須地方から姿を消す。現在は消息不明。
その他の人物
古舘恭三
犬神佐兵衛の顧問弁護士で、遺言書の管理を依頼されていた。
若林の死後、金田一耕助への調査依頼を引き継ぐ。
若林豊一郎
古館法律事務所に勤務している弁護士。金田一に犬神家の遺産相続問題について捜査依頼をするが、金田一と会う前に何者かに毒殺された。
宮川香琴
松子の琴の師匠で盲目の老女。品の良い人とされる。
実は、既に上記で紹介されている登場人物と同一人物である。
大山泰輔
那須神社の神主。野々宮大弐と犬神佐兵衛が残した封印文書群が入った唐櫃を発見して公開したことで、事件を意外な方向に展開させた。
山田三平
マフラーで顔を隠した復員兵姿の謎の男。事件前後に犬神家周辺に現れた。
宿泊先でも殆ど喋ることが無く、真夜中に出歩いたり、宿帳に自筆で名を書くことを拒む(当時から日本では署名義務がある)等、奇行が目立っている。
余談
映像化の際の「水面から突き出た足」や犬神佐清のマスク姿など、印象的なシーンが多いため、よくパロディに使われている。
- 水面から突き出た足
湖に投げ込んだ死体が逆さに突き刺さったかたちになったというもの。
色々な漫画や映像作品でパロディとしてよく使われている。ただ原作に置いて本来は、湖は凍り付いていたのでこのような形になったのだが、映像作品などでは湖の凍り付きは無かったことにされている事が多く、人間の死体が両足を上に突き出してバランスをとって浮かんでいるというある種奇妙な状態になってしまっている。正確には映画版では湖の泥に上半身が突き刺さっている事である程度の説得力はあるが。
なお、2023年のNHKドラマ版では、ロケ当日に偶然ロケ地の湖が凍っていたため、原作通りの「凍った湖から突き出た足」が実現している。
にしおかすみこのネタ「犬神家」もこれが元ネタ。
『クレヨンしんちゃん』でも野原しんのすけが素っ裸で洗濯物の山に上半身を突っ込んでこれをやって、野原みさえの「ママとのお約束条項第62条 犬神家の一族ごっこは禁止」にされた。
ウマ娘プリティーダービーでもウマ娘(チームスピカ)がギャグでこの状況にしょっちゅうなるので、ウマ娘の伝統芸能と化している。
また、横溝作品をよく知らない人に同じ横溝作品である「八つ墓村」のワンシーンであると勘違いされるケースが非常に多い。
- 犬神佐清のマスク姿
復員してきた犬神佐清が元の顔に似せた白いゴム製の仮面をかぶっている。
それでなくとも登場時から黒頭巾で覆っているため、その下から現れる場面は衝撃的である。
異様な外見っていうか、はっきり言って怖い。
どう考えたって黒頭巾を脱がない方が良かったのだが、一度脱いだ後は、再度被り直すことはせず、不気味なゴムマスク男が昼夜問わずに、犬神家を徘徊することになってしまっている。
八つ墓村よりも、よっぽどこっちの方がホラーである。
映像作品によって差異があり、目鼻口耳の要所だけ穴が空いた、ただのゴムマスクであることもあるが、元の顔に近付けるために顔面の凹凸があるものもあって、余計に不気味。
子供の頃、映画やテレビで見てトラウマになった人も少なくないと思われる。
漫画家古賀亮一の作品「ゲノム」や「ニニンがシノブ伝」では通称「スケキヨマスク」が登場し、ホラー演出のネタにされている。
小ネタ
- この殺人事件が何年に起きたかには複数の解釈が有る。
- 原作では「昭和2X年」となっており、事件発生年はボカされている。
- ただし、登場人物の年齢などから原作は昭和24年を想定して書かれた可能性が高い。
- 一方で、昭和22年の法改正で作中に出てきたような遺言・遺産相続は無効になる。
- また、作中に出てきた博多復員援護局のモデルとなった博多引揚援護局は昭和22年に閉鎖されている、GHQによる財閥解体の影響を犬神財閥も受ける可能性が有る事など、終戦後、かなり早い時期でないとつじつまが合わない点も有る。
- 1976年の映像化では昭和22年と設定。それ以降の映像化では作品によって異なるが昭和22年と云う設定にしているものが多い。なお、1976年版の監督の市川崑は「原作に合わせてに昭和22年とした」と発言している(ただし、昭和22年=原作準拠の根拠は不明)。
- なお、戦後に関わる事件では、獄門島、悪魔が来りて笛を吹く、悪魔の手毬唄、夜歩く → 八つ墓村(この二作は明確に前後が繋がっている)があり、時系列や時期から考えても、本作発生時が昭和22年ではつじつまが合わない。
パロディ作品
『トレジャーハンターみさえ 酢乙女家の一族』(クレヨンしんちゃんスペシャル)…みさえが金田一に扮して事件を追う話。ちなみにオリジナルで元凶の佐兵衛翁に当たるキャラは本作ではきっちりお咎めを受けている。
関連タグ
小説 金田一耕助 横溝正史 犬神家 犬神佐清 野々宮珠世 犬神松子 スケキヨ 斧琴菊
TRICK:第3シリーズである『木曜ドラマ TRICK〜Troisième partie〜』の「死を招く駄洒落歌」は、本作に代表される金田一耕助シリーズのパロディ・オマージュが散りばめられたエピソードとなっている。