概要
1948(昭和23)年雑誌〈男女〉に前編を、続編を翌年〈大衆文学界〉で連載した横溝正史の小説作品。金田一耕助シリーズとしては『本陣殺人事件』『獄門島』に次ぐ3作目の長編。
話の前半が東京郊外の小金井、後半は岡山県を舞台にする。いわゆる「岡山もの」のひとつ。金田一の登場は(原作では)その後半部から。
※以下の文章に今日の観点からみて相応しくない表現が幾つかありますが、原作内容に準拠してそのまま記述解説しています。ご留意ください。
あらすじ
私(小説家の屋代寅太)は友人の仙石直記から、先だって起きたキャバレーで佝僂(せむし)の画家蜂屋小市が銃撃された事件の、現場から逃走した犯人が古神八千代であるとの話を聞かされた。仙石家は作州(美作)の旧領主古神家の家老筋だった。その娘である八千代の元には差出人不明の、ただし同封写真から相手が佝僂だとわかる結婚を迫る脅迫めいた手紙が送りつけられており、その主は蜂屋か、やはり佝僂である八千代の異母兄守衛のどちらかだと思われた。
その八千代が蜂屋と結婚すると言い出し、直記から頼まれた私は東京の古神家屋敷に赴くが、そこで起きたのは蜂屋とも守衛とも判別のつかない佝僂男の首なし殺人事件だった。現場には夢遊病の発作を起こした八千代のスリッパ足跡が残っていたが彼女は凶器を持っておらず、その凶器は直記の父・酒乱癖持ちの鉄之進の日本刀と思われたが万一を恐れた直記と私があらかじめ金庫の中に隠しており、それは元通りそこへ仕舞われたままだったがその刀身にはいつの間にか血がびっしりと付着していた。金庫の扉は私と直記が二人揃わないと誰にも開けられない筈なのに、何故こんなことに?
死体にはそれ以前に撃たれた弾痕が残っていたため先の銃撃事件の被害者である蜂屋のものだと思われたが、乳母の証言から守衛にも同じような弾傷があったことがわかり、いよいよ死体の正体はどちらだかわからなくなる。しかしその後、私はこれも夢遊病持ちだった鉄之進が夜中に歩き回っている姿を目撃し、その後を尾けたところ、池の中に隠された守衛の生首を見つけてしまう。
蜂屋は事件後行方不明のままであり、恐怖した八千代は失踪し、他の古神・仙石家の者達も岡山の鬼首村へ移動。私も誘われて訪れるのが初めてな故郷へ足を踏み入れる‥‥がその途中で「金田一耕助」と名乗る、鉄之進から招かれたという謎の貧相な男と出会う。
そしてここ鬼首村でこの事件は新たな局面を迎え、またも更なる惨劇が‥‥おお、神様!
(以上で――後半をかなり端折ったが――問題編終わり。原作ではこの直後に急展開がありますw)
主要登場人物
屋代寅太
三文探偵小説家で、この物語の語り部。直記は大学の同級生。先祖は鬼首村の百姓出身だが父親の代で東京に出てきており、村とは直接の縁はない。
仙石直記
鉄之進の息子で三十五歳。屋代の友人で、売れない彼のパトロン役。今回の一件にそんな屋代を引きずり込む役目を担うも、この人物自身にも何やら怪しい裏があるようで‥‥。
仙石鉄之進
直記の父で古神家の家老筋。六十前後。並々ならぬ辣腕家で、先代主人の没後は事実上の古神家主人格‥‥なれど、酒乱の気がある上に夢遊病持ち。
古神織部
作州の旧領主古神家の先代当主で子爵。既に故人。この古神家の様々な因習因縁が今回の事件に大きく関わる。
お柳さま
織部の後妻で八千代の実母。年齢四十は超えている筈だが、三十そこそこの若さに見える純日本式美人。だが直記が「牝狐」と罵るほどの謎多き性格で‥‥。
古神四方太
織部の異母弟。年齢四十~四十五くらい。頭が少し足りないようで、古神家では飼い殺し同然の扱い。
古神守衛
織部の先妻の息子。直記の二歳下の三十三歳。佝僂ではあるが、それ以外の見た目は好男子。不具者のヒガミに加えて、鉄之進に実質主人の座を乗っ取られているため面白くない様子。異母妹の八千代を好いている。
古神八千代
織部の娘(となっているが、実のところは誰のタネなのか不明)。二十三、四歳の母親似美人。奔放無軌道な性格だが、夢遊病の気があるらしく‥‥?
占い師の婆ア
本名不明。八千代が出生した際、「この娘は(兄の守衛と違って)佝僂にはならないが、その婿が佝僂」という神のお告げを下した人物。
お喜多
守衛の乳母。あまりにも守衛に忠義だてするため、最初の事件当時鬼首村へ追っ払われていた。
蜂屋小市
戦後売り出した新進画家。体こそ佝僂だがそれ以外はなかなかの美男子。性格的には難があり、傍若無人で毒舌家な上に女関係も派手で執念深い。屋代とは面識があったが、古神・仙石家とはキャバレー銃撃事件以前の関わりは無いというも‥‥。
沢田警視
東京小金井での事件捜査担当者。
磯川警部
岡山県警の古狸腕利き警部で、当地での事件捜査責任者。読者は既に承知しているだろうが、金田一の古い馴染み仲。
鉄之進の依頼を受けて鬼首村へ現れた謎の貧相男。正体は勿論‥‥。
余談
横溝が熱烈なファンだと公言していたディクスン・カーの商業デビュー作も、邦題が『夜歩く』(原題は“It Walks by Night”)。こちらが発表されたのは1930年。
約9年後に同作者によって書かれた『悪魔の手毬唄』の舞台も架空の鬼首村だが、この二つは別の場所だと思われる(本作の鬼首村は鳥取県に近いが、『手毬唄』の鬼首村は兵庫県境)。
横溝はこの作品を、文庫本の売れ行き順を理由に「自身の選ぶベスト10」の10番目にあげている。が、同じエッセイ内で「(残りの寿命内で)これぞベスト10という作品を、少なくともあと三編は書きたい」とも述べている(実際にそれ以後『病院坂の首縊りの家』や『悪霊島』が書かれた)。