概要
『岡山シリーズ』と呼ばれる同地域が舞台となる作品の一つである。
知名度では、主に映画のショッキングシーンで一際目立つ「犬神家の一族」や「八つ墓村」などに一歩及ばないものの、田舎の奇怪な因習や愛憎渦巻く歪んだ人間模様、それらに端を発する恐ろしくも悲しい事件、そして名探偵・金田一耕助の活躍……等々、世間でいう「横溝作品らしさ」が遺憾なく発揮された名作として高く評価され、横溝本人も「最も好きな作品」と自賛している。
実はこの作品には横溝の実兄「五郎」、異母兄「歌名雄」、異父兄「孚一」をモデルにした三人のキャラクターが登場している。三人とも様々な理由で悲劇的な死を迎えた人物であり、この作品を兄のように慕う江戸川乱歩の元で書き上げたことも鑑みれば、横溝の「弟」としての「兄」への強い慕情が窺い知れよう。更にキャラクターの住処として、探偵小説家になるきっかけをくれた神戸の西田兄弟の住所を織り交ぜてくるあたり、相当な思い入れの深さを感じずにはいられない。「最も好きな作品」になるのも当然と言ったところか。
あらすじ
1932年(昭和7年)11月25日、岡山県の山間にある鬼首(おにこうべ、通称・おにこべ)村で殺人事件が発生した。被害者は村の温泉宿「亀の湯」の主人・青池源治郎。
当時、不況に苦しんでいた鬼首村に、恩田幾三と名乗る男が現れた。彼は農家の副業として、輸出用のクリスマスのモール作りの仕事の紹介と工作機械の販売を仲介し、当時の村の権力者の一人であった由良卯太郎がこれを承諾、事業を拡大していった。しかし、このやり口に詐欺の疑念を抱いた源治郎が調査を行い、恩田が仮宿にしていた庄屋の末裔・多々羅放庵宅の離れへと乗り込んだ。
数時間後、夫の帰りが遅いのを心配した源治郎の妻・リカが様子を見に行くと、そこに恩田の姿はなく、撲殺され顔を囲炉裏に突っ込んだ源治郎の遺体だけが残されていた。その顔は焼けただれ、本人の識別もほぼ不可能なほどであった。一方、恩田は詐欺と殺人の容疑で警察から捜索されたが、遂に見つかることはなかった。
それから23年後の1955年(昭和30年)7月下旬、私立探偵・金田一耕助は、静養先を求めて顔なじみの磯川警部の元を訪れ、鬼首村を紹介される。奇しくもその頃、村では件の恩田の娘である国民的大スター・「大空ゆかり」こと別所千恵子の帰郷を控え、人々は色めきだっていた。
村の人々と交流しながら平穏な日々を過ごしていた金田一は、ある日の夕暮れ、用事で峠道を越えていた時に、放庵の5人目の妻であったという老婆・栗林りん(通称「おりん」)とすれ違う。復縁を希望する手紙が放庵の元に届いたことを知っていた金田一だったが、後に彼は、おりんがその年の春にすでに死亡していたことを知らされる。
やがて恐ろしい殺人事件と行方不明事件が連続して発生し、村は大混乱に陥った。捜査を進める金田一と磯川警部が、現場に残された遺留品に頭を悩ませていたある時、村の長老・由良五百子が二人を呼び出し、村に古くから伝わるという手毬唄を歌う。その歌詞と遺留品の関連を知った金田一らは、今回の一連の事件が手毬唄になぞらえた見立て殺人であることに気づき、戦慄するのだった……。
登場人物
※大人数であるため、物語に特に深く関連する人物のみ記載する。
ご存じ主人公である私立探偵。休養のために岡山県を訪れ、知己の磯川警部に鬼首村を紹介されるが、例によって殺人事件に巻き込まれてしまう。
なお、鬼首村へやってきたのは最初ではなく、『夜歩く』以来の再訪である(金田一が本作の最初で「オニコウベ村」の読み方を知らず磯川警部に尋ねていること、『夜歩く』では鳥取県境と説明されている村の所在地が本作では「兵庫県境」となっていることなど矛盾点もある)。
警察
磯川 常次郎
岡山県警所属の老警部。「獄門島」「八つ墓村」での怪事件をともに解決した金田一に対して、全幅の信頼を置いている。1932年に起こった殺人事件の担当者でもあり、金田一に鬼首村を紹介したのも、かつて迷宮入りした事件の解決を彼に期待したことも一因であった。
立花
岡山県警警部補。40歳前後の精悍な人物。有名な探偵である金田一に対して猛烈なライバル心を抱いており、喧嘩腰に近い態度で接することさえある。
亀の湯
鬼首村のはずれにある湯治場であり温泉宿。
青池 源治郎
1932年に発生した殺人事件の被害者(享年28)で、当時の「亀の湯」の主人。死因は撲殺だったが、頭部が囲炉裏に突っ込まれていたために焼け焦げており、本人確認は困難であった。
「亀の湯」の次男として生まれたが、小学校卒業とともに村を出る。活弁士としての修行を積み、神戸にて「青柳史郎」の芸名で絶大な人気を博すも、活動の場であった映画がサイレントからトーキーへと移行したことで失職。1932年秋頃に妻・リカと息子・歌名雄とともに帰郷して「亀の湯」を継ぎ、満州で新生活を始める計画を立てていた矢先に、前述の事件に巻き込まれる。
青池 リカ
源治郎の妻で、「亀の湯」女将。
50歳前後で京女風のしっかり者の美人。しかし、かつて経験した悲劇によるためか無口で影があり、実年齢よりも老成して見える。
1932年の事件以後も磯川警部との手紙のやり取りが続いており、金田一が亀の湯を訪れたのは、その縁によるもの。
源治郎と結婚した頃は寄席で三味線を演奏しており、それ以前も芸者として活躍していた。
青池 歌名雄(かなお)
源治郎・リカの息子、26歳。現「亀の湯」主人。
鬼首村青年団の副団長も務め、美男子でリーダーシップもある体格の良いスポーツマン、さらに名前の通り、歌も上手という非の打ち所のない好青年。当然ながら村の娘たちからの人気は絶大だが、本人は由良家の末娘・泰子に好意を抱き、交際を続けている。
旧態依然な親達を嫌って、民主主義の国に生まれ変わった戦後の日本人らしく、自由に生きようと決意しているが……
作者の横溝正史の早逝した異母兄と同じ名前となっており、ファンの間では亡き兄への想いが込められているのではないかと言われている。
青池 里子
源治郎・リカの娘。1933年(昭和8年)生まれ。仁礼文子、由良泰子、別所千恵子らと同級生。
美人で評判の文子、泰子に劣らぬ色白の器量良しでありながら、全身のいたるところに生まれつきの赤痣があり、それに強いコンプレックスを抱いている。特に顔面の赤痣は酷く、普段はこれらを隠すためにも頭巾をかぶり、実家の土蔵の中で人目を避けて暮らしている。子供の頃は千恵子とは加害者と被害者の子供同士という複雑な関係ながらお互いを気遣い合う強い友情を築いていた。
仁礼(にれ)家
鬼首村の二大勢力の一つで、屋号は「秤屋」(はかりや)。
鬼首村周辺の山を管理しており当初はさほど有力ではなかった。しかし、大正末期から昭和初めにかけて始めたぶどう栽培に成功したことで財を成し、現在では村内で最も権力のある名家として知られる。
仁礼 嘉平
仁礼家の現当主。60歳前後のがっしりとした人物。
先代である父・仁平の第一子で、彼が興したぶどう栽培事業をさらに広げ、 事実上の鬼首村の主権者となっている。
娘の文子と歌名雄を結婚させるべく、母親のリカに縁談を持ち込んでいた。
咲枝
嘉平の妹で7人兄妹の末子。文子の叔母。
幼少時から成績優秀だったため、地元の女学校を卒業後、昭和6年に神戸のJ学院に進学する。
現在は嫁いで鳥取県に在住。そのため厳密には仁礼姓ではない。
仁礼 文子
嘉平の娘で1933年5月4日生まれ。青池里子、由良泰子、別所千恵子らと同級生。
しもぶくれ、うけ口、八重歯など本来美人とは相容れないはずの特徴全てが魅力となった、無邪気な美しさを持つ女性。
歌名雄に片思いをしており、彼と相思相愛の泰子とは友人であると同時に嫉妬心を抱いている。
由良家
鬼首村の二大勢力の一つで、屋号は「枡屋」(ますや)。
仁礼家と対照的に古くから近在の田畑を所有していた権力のある家柄だったが、ぶどう栽培に成功した仁礼家の躍進に危機感を抱き、恩田の持ち込んだ事業に目をつける。当初は順調であったが、前述の殺人事件が原因で恩田が失踪するとともに事業は頓挫し、農民たちからは恨みと嘲笑の対象となってしまった。さらに戦後の農地改革により土地も失ったことで家勢は失墜、現在は仁礼家にならってぶどう栽培をしている。
由良 卯太郎
由良家の先代当主で、故人。1932年当時、40歳前後。
仁礼家の躍進にやきもきしていたところに持ち込まれた恩田の事業に協力したが、彼が逃亡したことで、その面目を失う。農民たちへの損害の補償に追われる中、1935年(昭和10年)傷心のうちに病没した。
由良 五百子
卯太郎の母でご隠居。83歳。
高齢でありながら今なお壮健であり、村に古くから伝わる手毬唄を歌うことができる唯一の人物。あどけない上品な老婆である一方で、老獪な意地の悪さも併せ持っている。放庵とは気が合っていたようで、その死を惜しんでいた。
由良 敦子
卯太郎の妻で未亡人。風采の上がらない現当主である息子に代わる、由良家の大黒柱。男勝りで気の強い性格。仁礼家に対して強い対抗意識を持っており、かつて卯太郎が恩田の事業に乗ったのは、彼女にけしかけられたことも一因であった。夫が病死して以後はプライドを捨てて仁礼家にぶどう栽培を教わり、家勢の立て直しを図る。その際に仁礼嘉平と男女関係にあった。
由良 泰子
卯太郎と敦子の娘で1933年4月16日生まれ。青池里子、仁礼文子、別所千恵子らと同級生。
歌名雄の恋人。純日本風の美女で、顔の造作が「整い過ぎている」と評されるほど。本人もその美貌を自覚しており、言動がお高く留まったところがある。JET氏のコミカライズでは歌名雄には媚を売る一方で里子の痣を嘲笑するなど傲慢さが強調されていた。
別所家
屋号は「錠前屋」(かぎや)。
元々は鍛冶屋の家柄であったが、現在は鬼首村で採れたぶどうをぶどう酒に加工する酒造工場を管理している。
別所 辰蔵
ぶどう酒酒造工場工場長。春江の兄、千恵子の伯父(戸籍上は兄)。
製品であるぶどう酒に手をつけては昼間から泥酔している。また、春江や千恵子に劣等感を抱いており、酒癖の悪さも手伝い、ことあるごとに難癖をつけて口汚く罵るため、二人から敬遠されている。
愛飲しているぶどう酒は、「酸っぱくて飲めたものではない」というのが周囲の共通見解。
別所 五郎
辰蔵の息子で千恵子の従兄にあたる。
同じ年ごろの歌名雄と仲が良い。青年団の団長を務めている。
別所 春江
辰蔵の妹で千恵子の母。40歳。
17歳の頃、鬼首村に滞在していた恩田の身の回りの世話をしていたが、その際に肉体関係を持ち、娘・千恵子を産む。詐欺師であり殺人事件の容疑者でもある恩田の子を出産したことで村人から後ろ指をさされたために、千恵子を両親の娘(自分の妹)として入籍させ、自身は村を出て神戸で働き後に千恵子を引き取る。戦時中に一時疎開するも戦後は再び娘を連れて出奔したが、1955年、成功した彼女とともに再度帰郷する。
別所 千恵子
春江と恩田との間に生まれた娘。1933年生まれで青池里子、仁礼文子、由良泰子らと同級生。戸籍上は春江の両親(実の祖父母)の娘となっている。
現在は「大空ゆかり」の芸名で、国民的人気を誇る女優・歌手として活動している。愛嬌のある美貌に、「グラマー・ガール」の異名をとるほどのスタイルの良さ、聞く者を魅了するハスキーボイスの持ち主。
幼少時は村で暮らし、詐欺師で殺人犯の娘としていじめの標的になっていたが、後に実母に引き取られ、戦時中の疎開を除いて村を離れていた。その後スターとして成功し、故郷の「両親」のために「ゆかり御殿」と呼ばれる屋敷を建て、帰郷する。
都会で田舎訛りを直した為、普段は標準語で語るが、故郷で親しくしていた友人達には昔同様、方言を使って話す。
その他
多々羅 放庵
多々羅家の当主で、本名は多々羅一義。江戸時代から続く庄屋の末裔だが、彼と先代が道楽によって財産を使い潰してしまったために没落し、仁礼家と由良家に村の実権を奪われている。また、生涯で8人もの妻を持ったがその全員に逃げられ、さらに利き腕も不自由なため、現在はリカに身の回りの世話を受けながら一人暮らしをしている。飄々とした性格だが旧家としてのプライドも高く、陰で村人たちの秘密を探るなど暗躍していた。
1932年の事件以前に村を訪ねた恩田が仮宿にし、また事件の現場となったのは、彼の家の離れであった。
また「民間承伝」と呼ばれる会員制小雑誌に「鬼首村手毬唄考」という投書を寄稿し、原作のプロローグでその内容が紹介されている。
栗林 りん
多々羅放庵の5人目の妻で、通称「おりん」。1932年、前述の事件があった当夜に放庵と夫婦喧嘩の挙句に出奔するも、1955年に再び復縁を希望する旨を書いた手紙を送り、彼を喜ばせた。後に近隣の町である「総社」へ向かって峠を越えていた金田一とすれ違い、頭を下げたまま挨拶を述べる。しかし後に、彼女は1955年の4月に病死していたことが判明する。
本多
鬼首村の医者だが、現在は引退して仕事を息子に譲っている。1932年の事件時、青池源治郎の遺体を検死した。
日下部 是哉
「大空ゆかり」のマネージャーを務める派手な身なりの50代のロマンス・グレー。かつては満州の映画会社で働いていた。別所春江・千恵子の保護者代わりでもあり、春江には求婚までしているが、彼女がいまだ恩田への未練を捨てきれていないため、事件について調べるために二人とともに鬼首村を訪れた。
おいと
金田一が「総社」の町に滞在している間に利用した旅館「井筒」の女将。鬼首村出身で、若い頃に放庵に世話になったらしく、彼に好意的。その縁で宿泊していた恩田が別所春江ら村の女性と密会していたこと、おりんがすでに死亡していたことを金田一に伝える。
青池源治郎殺害事件の最有力容疑者。当時35,6歳とみられ、金縁眼鏡と口ひげを生やした好男子だった。
かつて鬼首村に輸出用のクリスマスのモールづくりの内職を持ちかけ、仕事の仲介と工作機械の売り込みを行うも、詐欺師の疑いをかけられる。その筆頭であった源治郎を撲殺して逃亡、以後消息不明となった。鬼首村では20年以上経った現在でも、「詐欺師で人殺し」として蛇蝎の如く忌み嫌われている。
村での滞在中に身の回りの世話をしていた別所春江と男女の関係になり、後に娘・千恵子が生まれた。彼女からは「悪い人には見えなかった」と評されている。事実、世界恐慌のあおりを受けて事業が頓挫するまでの彼の仕事は真面目であり、彼が最初から詐欺行為を働くつもりだったのか、それとも事業の失敗から逃げたために結果として詐欺師扱いされることになったのかの判断は分かれていた。
満州へ渡って事業を始める計画を進めていたらしく、事件後は海外へ逃亡したのではないかと推測されている。
映画化
1961年と77年の二度行われている。
61年版では何と(今考えると意外なことに)主演が高倉健。先の片岡千恵蔵版シリーズを踏襲した、洋服姿で女性助手を引き連れた「ダンディ金田一」である。
後の横溝ブーム時に受けた取材で、高倉は当時のことを「(あの頃は次々と色々な作品に出ていたので)記憶にありません」とコメントしている。
77年版はおそらく一番お馴染みの、「市川崑監督・石坂浩二主演」シリーズ第二弾。
- 磯川警部を若山富三郎が演じており、市川版では唯一の「最初から金田一のことを知っていて、彼の理解者」な警察関係者が事件に絡む作品。「よし! わかった!」がお約束の加藤武は、原作でも最初は金田一といい関係だといえない立花警部(原作では前述の通り警部補)役。
- 犯人役を演じた某役者が映画公開前、各取材メディアの前で「自分が犯人をやる」と吹聴しまくったのがニュースになり、それを知った原作者横溝が「フーダニットのファンが読んだら絞め殺されそうなことを平気で語っていらっしゃる」「ちかごろの映画会社は犯人が誰なのかわかっていても観客を動員できる自信があるのだろうか?」と半ば呆れ加減に、(これも映画封切り前に掲載の)新聞連載エッセイの中で書いている。
本作品のネタバレについて
本記事に記載されている情報は、物語の序盤から中盤で紹介される、ごく基本的な内容に留めています。
事件の犯人やその動機といった物語の根幹に関する情報、いわゆるネタバレに該当する内容について記述・編集を行いたい方は、こちらの記事にまとめて頂きますよう、ご理解、ご協力をお願い致します。