概要
1952年に雑誌『キング』に連載。
その後講談社から『傑作長篇小説全集』第14として刊行された。
あらすじ
伊豆の南方にある小さな島・月琴島(げっきんとう)。
丸い胴に細い竿を持つ楽器・月琴のような形をしている為にこの名がついたというかの島には、源頼朝の愛妾が頼朝の死後、北条家から逃げて落ち延びたという伝承を持つ大道寺家が存在した。
大道寺家は江戸年間に鎖国を搔い潜り、唐渡りの抜け荷による莫大な財を成しており、建物にも中華風の装飾が施され、由来の文物が伝わる旧家であった。
そしてその大道寺家で生まれ育った絶世の美少女・大道寺智子は、陰惨にして数奇な星の下に生まれた娘であった。
18歳になった智子は、かねてからの約束に従い、祖母の槙、そして母の代から家庭教師をしている神尾秀子と共に、義父である大道寺欣造の住む東京に引き取られる事が決まっていた。
東京行きの前日、生まれ育った屋敷を見て回る智子は、ふとしたきっかけで別館の「開かずの間」に入る事に成功したが、そこには血がついて壊れた月琴があった。
ここで何か恐ろしい事があったと考えた智子は戦慄するが、そこに東京からの客人として金田一耕助が訪れる。
金田一は、さる「覆面の依頼者」から相談を受けた加納弁護士に依頼され、智子の護衛をする事となった。
そのきっかけは欣造と「覆面の依頼者」あてに送られた脅迫状だった。
「月琴島からあの娘を呼び寄せる事をやめよ」
「19年前の惨劇を回想せよ」
19年前、1932年。
月琴島を訪れた二人の学生、速水欣造と日下部達哉。
学友である二人は大道寺家当主・大道寺鉄馬の一人娘・大道寺琴絵と出会い、日下部は琴絵と恋に落ちる。
二人が島を去った後で琴絵は日下部の子を身ごもっている事が発覚し、知らせを受けた日下部は島を再訪。しかしそこで崖から落ちて不慮の死を遂げ、ある理由からこれを良しとしない「覆面の依頼者」の指示により、速水は琴絵と名義上の結婚をし、生まれてきた智子の義父となったのである。
かつて起きた事件について知りうる限りのことを知った金田一だったが、その中に一つ不可解なものがあった。
月琴島を再訪した日下部から「覆面の依頼者」宛に送られた手紙に、ふざけた調子で「蝙蝠を見つけたので、写真を撮って送る」と書かれていたのである。
月琴島出身の行者で、大道寺家にも縁のある男・九十九龍馬を案内人に加え、金田一と智子一行は伊豆・修善寺のホテル「松籟荘」に到着する。そこには欣造と彼の妾である蔦代、そして2人の間に生まれた少年・文彦が待っていた。
また、欣造の薦める智子の花婿候補である三人の青年も登場。一方で何やら訳ありげな黒眼鏡の老紳士のほか、謎の美青年・多門連太郎が「松籟荘」に宿泊していた。
「彼女は女王蜂である」
脅迫状にそう書かれた智子はそれとも知らずにいたが、遂に第一の事件が起きる。
その後も次々と起こる連続殺人に対し、金田一が19年前の因縁を含めて解決に向かうが……
登場人物
- 金田一耕助
ご存じ我らが名探偵。今回はあるものをきっかけに、命の危機に晒される。
- 加納辰五郎
「覆面の依頼者」から指示を受け、金田一に依頼をした弁護士。
- 大道寺智子
物語の中心人物。咲き誇る大輪の花のような、絶世の美少女。数奇な星の下に生まれ、陰惨な事件に巻き込まれていく。
和装も洋装も自在に着こなし、可憐な白百合かと思えば烈しく燃えるダリアのように、その印象を激しく変える。その様は金田一をも強く惑わし、魔性めいた美しさを覚えさせた。
たおやかだが気が強く、理を解く相手ならまだしも、見えない敵の脅迫には決して屈しない。一方で感情が激すると一時的に記憶喪失になるという体質を母から受け継いでいる。
- 大道寺琴絵
智子の母。故人。智子と瓜二つだが、彼女と異なり庇護欲を掻き立てる儚さを持つ。
19年前に起きた事件で心を病み、智子が5歳の時に死去。智子が覚えている限り、笑っている所を一度として見た事がなかった。
- 神尾秀子
琴絵と智子の家庭教師。元は学校の教師だったが、鉄馬に呼ばれて月琴島に渡った。
琴絵と智子を深く愛しており、19年前の悲劇について心を痛め、繰り返すまいと強く願っている。琴絵の死後は常に黒い服を着ており、暇さえあれば編み物をしている。
- 大道寺鉄馬
智子の祖父。故人。
- 大道寺槙
鉄馬の妻。智子の祖母。19年前の悲劇に気づけなかった事を悔やみ、形見である智子が立派な女性になるよう神尾と共に見守っている。心臓があまりよくなく、終盤では事件に次ぐ事件によるストレスから倒れてしまう。
- 日下部達哉
智子の父。故人。欣造とは学友だった。19年前に月琴島の崖から転落して死亡。その正体は中盤で明らかとなる。
- 大道寺欣造
旧姓・速水。日下部とは学友だった。智子を私生児にしない為に「覆面の依頼者」によって琴絵と形式上の結婚をし、大道寺家の婿養子となる。その後は「覆面の依頼者」の支援を受け、複数の会社を経営する事業家となった。
- 蔦代
元は大道寺家につかえていた女中。形式上の結婚にとどまった欣造の世話をするよう槙に頼まれ、妾となる。事実上の妻だが頑なに表に出る事をせず、身を慎んでいる。その為実子である文彦からも「蔦」と呼び捨てにされる。
- 大道寺文彦
欣造と蔦代の子。智子の異母弟。初対面の時から智子を強く慕っており、三人の婿候補を嫌悪している。癇の強い気質だが、姉を慕う心は本物。
- 九十九龍馬
月琴島出身。大道寺家ともつながりがある血筋。加持祈祷の行者をしており、多くの信者の相談に乗っている。政財界にも影響を持つが、その理由は……
- 遊佐三郎
婿候補の一人。美貌の青年だが中身は軽薄で臆病。悪所に出入りしており、多門連太郎とはそこで知り合っていた。第一の犠牲者。
- 駒井泰次郎
婿候補の一人。よくも悪くも凡庸。度重なる事件の末に婿候補を辞退し、一切の関係を絶って身を退くと宣言。
- 三宅嘉文
婿候補の一人。デブ、どもり、小心者の三拍子だが、カッとなると手が付けられなくなる。第三の犠牲者。
- 姫野東作
「松籟荘」使用人。第二の犠牲者。実は19年前の悲劇の真相解明につながる手がかりを偶然にもつかんでいた。
- 多門連太郎
「松籟荘」に投宿する青年。本名は日比野謙太郎。ギリシャ彫刻のような見事な肉体と美貌を誇り、度胸が据わっている。
謎の人物から指示と支援を受けて「松籟荘」に逗留、智子と偶然を装いお近づきになる。智子からは非礼をとがめられながら、三人の婚約者とは異なり、彼女におもねらない姿勢と強い自信を見せた。やがて二人は互いに惹かれていくこととなる。
元は立派な青年だったが、特攻隊帰りで荒み、やさぐれた生活を送っていた。遊佐とは悪所通いで顔見知り。
映像作品
1952年に初の映画化。『毒蛇島綺談 女王蜂』と、結構なアオリの入ったタイトルになっている。
月琴島は毒蛇島と名前が代わり、琴絵も智子を生んだ直後に投身自殺をするなど、陰惨な改変が随所にみられる。また智子は島から東京へ行くのではなく、東京で育ち、自身の出生の秘密を知る為に島に向かう。一連の事件に関連した婿選びの要素もない。
1978年に市川崑監督により映画化。金田一役は石坂浩二。
大ヒットを記録した『犬神家の一族』の高峰三枝子、『悪魔の手毬唄』の岸惠子、『獄門島』の司葉子がキャスティングされ、話題となった。
舞台は東京から京都に変更され、月琴島も伊豆山中の「月琴の里」になっている。また第一の事件で遊佐の死体が時計台で発見された時、動き出した機械に腕が巻き込まれて引きちぎられるなど、かなり刺激的な場面が追加されている。
同年、『横溝正史シリーズII』としてドラマ化。金田一役は古谷一行。
尺の都合もあってか、割と大胆な改変がなされている。
具体的には、全ての事件が月琴島の中で完結しており、婿選びの要素もない。多門連太郎に至っては頼朝伝説を研究する学生とされ、三宅の代わりに毒殺されてしまっている。
1990年のドラマ化では、役所広司が金田一を演じる。
1978年版映画と同じく「覆面の依頼者」の設定が改変。遊佐も映画版同様人体切断の憂き目にあうが、こちらはより派手になっており首が飛ぶ。
ただしストーリーはおおむね原作に沿っている。
1994年のドラマ版では、ストーリーは大幅に変更。
月琴島は奈良県内の「月琴の里」となり、頼朝伝説はオリジナルの伝説となっている。
欣造は奈良の大財閥の当主となっており、控えめに言ってものすごく極悪非道な設定にされている。
その影響は神尾先生や智子、連太郎も例外ではなく、その点においてファンからの評判はお察しください。
1998年、四度目のドラマ化。金田一役は片岡鶴太郎。
「月琴の里」は岡山県久米郡となり、大道寺家は養蜂業を営んでいる事から、事件以前から女主人が「女王蜂」と呼ばれているという設定。また神尾先生についても、頼朝伝説に関連して大道寺家と因縁があるという追加がされている。
智子の出生の秘密も大幅に変わっている。また琴絵がかなりアグレッシブな狂い方をしており、彼女が取ったある行動がきっかけで金田一が事件に関わる事になる。
2006年、五度目のドラマ化。金田一役は稲垣吾郎。
一部の登場人物のカット・設定変更はあるものの、基本的に原作にかなり忠実に描かれている。
月琴島は原作通り伊豆にある島となっている。また、他の作品では未登場だったり性別変更される衣笠宮も原作通りの人物として登場する。
余談
「覆面の依頼者」の正体は旧宮家、すなわち元皇族の衣笠宮智仁王こと衣笠智仁氏である。
そして日下部達哉の正体は、第二王子・智詮(ともあきら)である事、あまりに身分が違いすぎた故に琴絵と智詮は結婚を許されなかった事が判明する。
しかし智詮が不慮の死を遂げた事で衣笠氏は嘆き悲しみ、智子が父なし子になる事を避ける為、学友であった欣造に依頼して形式上の父とした。その後は写真や手紙による報告で、長じるにつれ両親の面影を宿す智子の成長だけを楽しみにしていた。
智子が18歳になって東京に呼び寄せる事は衣笠氏の強い要望によるものだったが、同時期に欣造が選んだ3人の婿候補は、衣笠氏から見て正気の沙汰とは思えない愚物揃いであった。
別当を務めていた日比野の息子・謙太郎にかねがね目をかけていた衣笠氏は、彼が再起すればきっと智子の良き伴侶となると考える。そして匿名で指示を出し、多門連太郎として智子と見合うように図ったのである。
こうした描写はやはりセンシティブな問題とされているようで、映像化に際しては旧宮家から旧華族になるなどの改変が入るほか、物語や設定に大きく手が入りがちである。