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犬神佐兵衛

いぬがみさへえ

犬神佐兵衛とは、横溝正史の長編推理小説「犬神家の一族」の登場人物である。※トップ画像下中央にいる遺影の人物。
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  • 楠見尚己 (「劇団ヘロヘロQカムパニー」第34回公演)

概要編集

犬神佐兵衛とは、横溝正史の長編推理小説「犬神家の一族」の登場人物。佐兵衛の遺言が、一連の殺人事件へと発展することから、物語の元凶ともいえる。




犬神財閥の創始者で信州財界の巨頭。

正妻はおらず、代わりに三人の妾と彼女たちの間にそれぞれ犬神松子、犬神竹子、犬神梅子の三人の娘と、後の愛人である青沼菊乃に産ませた青沼静馬がいた。


妾を三人同時に囲い、互いに争うように仕向けるなど、家族に対しては異様なまでに冷酷。そのため娘たちからもよく思われていない。


佐兵衛が50歳を越したとき、娘の松子より年下の青沼菊乃を愛人に持つ。若い菊乃が佐兵衛の子供を産むことを恐れた松子たち三姉妹から、菊乃との関係を咎められ(松子からは佐兵衛と菊乃を殺して自分も死ぬとまで脅された)、佐兵衛は菊乃と産まれたばかりの静馬に家宝(犬神家の全相続権を示す家宝の斧(よき)と琴(こと)と菊(きく))を渡して、とある百姓家の離れに隠すが、居場所を知った松子たちに襲撃されてしまい、凄惨な仕打ちを受けた。そのことで菊乃は静馬を連れて佐兵衛の前からも那須地方からも姿を消した。菊乃の一件で、元々よくなかった佐兵衛と松子たちとの仲はさらに悪化の一途を辿った。




佐兵衛の遺した遺言は、家族より恩人の孫を厚遇するという奇怪な内容だった。


・犬神家の全相続権を示す家宝『斧(よき)・琴(こと)・菊(きく)』の3つを野々宮珠世(佐兵衛の恩人・野々宮大弐の孫)に与えて、珠世が佐清、佐武、佐智の佐兵衛の3人の孫息子の中から配偶者を選ぶこと。

・珠世が結婚を拒んで相続権を失うか死んだ場合は、犬神家の財産は5等分され3人の孫息子は各5分の1ずつを相続し、残り5分の2を佐兵衛の愛人・青沼菊乃の息子の青沼静馬が相続すること。


犬神家一族の者が遺産の恩恵に預かるためには、珠世の婿に選ばれなければならないということ。第二に青沼静馬(佐兵衛が愛人青沼菊乃に産ませた息子)が珠世の次に優遇される立場にあることだった。

それは松子たちが、菊乃のときのように珠世に何かしないようにとの配慮からであり、静馬に財産が多く渡るくらいなら珠世に…と松子たちが考えるのを見越してのことだった。



佐兵衛の遺した遺言は犬神家に連続殺人を引き起こす引き金となった。




遺言の真意編集

珠世に破格の恩恵を与える遺言になったのは、珠世の母(野々宮祝子)と珠世の祖母(野々宮晴世)に対する佐兵衛の憐憫と贖罪によるものだった。



センシティブな作品

若き日の佐兵衛は孤児だった。17歳のときに生き倒れた佐兵衛は、野々宮大弐(那須神社の神官)に拾われて助けられ、それ以降、那須神社で大弐に世話を見てもらっていた。玉のような美少年だった佐兵衛は男色家の大弐と一時期男色関係にもなったが、そう長く続かなかった。だがその後、佐兵衛は大弐の妻晴世と恋に落ち、男女の関係になってしまう。大弐への申し訳なさから、佐兵衛と晴世は自殺を図るが、大弐に止められて、その後は大弐公認の仲となり密会を続け、やがて祝子が生まれた。つまり珠世の母祝子は大弐の妻晴世と佐兵衛の娘であり、そのことも大弐は知っていて隠していたのだ。

大弐が完全な同性愛者だったので晴世は佐兵衛と結ばれるまではいわゆる処女妻であり、夫に手を触れてもらえなくても妻は耐え忍ぶべきというとりわけ古風に育った女性だったため、佐兵衛との関係に悩み葛藤しつつも、彼への愛情に溺れていき、そんな晴世を佐兵衛はとても愛しく思っていた。


だが、犬神家が繁栄していくにつれて、晴世との密会と逢瀬は難しくなり、性欲のはけ口として、佐兵衛は三人の妾を同時に囲った。一人の妾を囲えば、その妾に愛情をもってしまうかもしれないこと、同時に三人の妾を囲うことで、妾たちが互いに争う姿を見て、愛情を持たないようにしたのである。


佐兵衛にとって祝子こそ犬神家の長女であり、彼女は佐兵衛が最も愛した女性との子供だったが、立場上、佐兵衛は祝子を娘と呼ぶことはできなかった。犬神家が繁栄していくにもかかわらず、祝子は貧しい那須神社の神官の娘でしかなかった。だが同じく佐兵衛の娘である松子、竹子、梅子の三姉妹は犬神家の令嬢として何不自由なく暮らしていた。その不公平さやそれに対する憤りもあって、佐兵衛は松子たち三姉妹に対して終生冷たい父親にならざるをえなかったのである。


終生を日陰の花として送った晴世と佐兵衛の長女でありながら貧しい神官の妻で終わった祝子に対する佐兵衛の後悔と憐憫の情が珠世に莫大な恩恵を与える遺言につながった。

幼い頃から珠世と佐清が相思相愛であることを知っていた佐兵衛は、珠世と佐清を結婚させることで、珠世を犬神家の一族に迎え入れてその将来を安泰させ、良識的な佐清の性格からしても財産を独占しようとせず、佐武たちにも悪くはしないだろうと目論んでのことと思われる。

生前、佐清に青沼菊乃と静馬のことを話したのも、彼らが姿を現したときに佐清が相応の便宜を図ってくれると期待していたと思われる。



だが、佐兵衛の複雑怪奇な遺言が一連の殺人事件につながったことを考えると、金田一でなくとも、もう少しどうにかできなかったのかと思うであろう。



人物編集

大成した身でありながら孤児の出自を偽ることのない、世間的には評判のいい立派な人物である。

上述の理由により生涯正妻を持たなかった。松子は佐兵衛は母たちに愛情を持っていなかったと話したが、佐兵衛自身はむしろ愛情を持つことを恐れていた。

このことからも、実際はとても情深く一途な人物である。

しかし、それゆえに妾たちにとっては操と尊厳を蔑ろにされ、妾たちも佐兵衛の愛情はいらないが我が子に遺産がいくことを心の拠り所にするしかなく、娘たちも母親たちの恨みを受け継ぐことになり、結果的に血で血を洗う遺産相続の惨劇を巻き起こすこととなった。


大弐に対しての尊崇の念は相当なもので、世間話でも大弐の話が出ると話を止めて居住まいを正してから続けさせたほど。


人生の始まりが恩人とその妻との三角関係という歪さだったがために、致命的に自分の愛や貞節しか見えていなかった側面があった。

もっとも、これは佐清にも言えることだが、太平洋戦争を経て日本人の価値観や家族観も変わっており、現代の価値観に杓子定規に照らして評価するべきではないだろう。



関連タグ編集

犬神家の一族 犬神松子 犬神佐清 野々宮珠世 青沼静馬 野々宮大弐 大佐兵

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