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勝田線の編集履歴

2011-02-21 01:56:15 バージョン

勝田線

かつて国鉄に存在していた地方交通線で、吉塚駅(福岡市博多区)と筑前勝田駅(福岡県糟屋郡宇美町)の間13.8kmを結んでいた。第一次特定地方交通線に指定され1985年に廃止された。


歴史

元々は「筑前参宮鉄道」という名の私鉄で、沿線にあった糟屋炭田の石炭輸送と宇美八幡宮参拝客輸送を目的とした鉄道であった。


1942年に同じく糟屋炭田に沿線を持つ博多湾鉄道汽船や九州電気軌道(後の西鉄北九州線)・九州鉄道(後の西鉄大牟田線)・福博電車(後の西鉄福岡市内線)と合併して成立した西日本鉄道の宇美線となったが、1944年に元博多湾鉄道汽船(ただし新博多~宮地岳間【後の西鉄宮地岳線】を除く)に相当する糟屋線とともに戦時買収されて「国鉄勝田線」となった。(糟屋線は「国鉄香椎線」になった)


糟屋炭田の炭鉱閉山により急激に衰えてしまったが、沿線は福岡市のベッドタウンにあり宅地の増加により利用客の増加が期待されていたにもかかわらず、末期まで一日6往復(休日は7往復)しかないダイヤで国鉄は何も改善を行わず、並行して運行していた西鉄バスに利用客を奪われた。廃線間際になって吉塚駅近くに福岡県庁が移転した後も国鉄はこの路線に対して何も改善を行わなかった。そして第一次特定地方交通線に指定されて1985年に廃止された。


この廃線事例は、大都市近郊にありながら、特定地方交通線に指定され廃止されるという当時の国鉄のローカル線に対するやる気の無さを挙げる例として有名であった。同じ地域に沿線を持つ香椎線や篠栗線、同じ特定地方交通線であった国鉄甘木線(一日7往復しかなかった)がJR化後および第三セクター化後に繁盛したのとは対照的であった。


余談

勝田線の宇美駅と香椎線の宇美駅は同じ駅名でありながら100mほど離れていた。これは元になった鉄道会社が別だったからである。(筑前参宮鉄道と博多湾鉄道汽船)

※ただし、貨物線で香椎線と勝田線は繋がっており、これを利用して客車列車時代の特急かもめ号の編成の方向転換を行った時期があった。

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