トヨタマヒメ
とよたまひめ
『古事記』上巻、山幸彦と海幸彦神話に登場する女神。
概要
『古事記』では豊玉毘売・豊玉毘売命(トヨタマビメ)、『日本書紀』・『先代旧事本紀』では豊玉姫・豊玉姫命(トヨタマヒメ)と表記する。
海神・大綿津見神(おおわたつみのかみ)の娘。天孫・邇々芸命(ににぎのみこと)が大山津見神の娘木花佐久夜毘売との間にもうけた火遠理命(=山幸彦)と結婚し、鵜茅不合葺命(うがやふきあえず)を生む。
出産の際に『古事記』や『日本書紀』一書では「八尋大熊鰐」(やひろわに←サメのこと)の姿、『日本書紀』本文では「龍」の姿となったのを、火遠理命が約を違えて伺い見たため、綿津見神の国へ帰った。鵜茅不合葺命は、トヨタマヒメの妹・玉依姫神(たまよりひめ)に養育され、後に玉依姫神との間に神倭伊波禮毘古命(=神武天皇)をもうける。
参考
松村武雄(1884-1969)によれば、女が本国人の姿で出産し、これを見ることが禁忌であるのは女が夫の神と異なる部族の神を祀る物忌みの期間が、夫にとって呪禁であり、これを犯せば社会的制裁を受けるという習俗の反映であり、ワニに化したのは海人族がワニをトーテムとして崇拝したことを示唆する。
産屋にウの羽根を用いるのは安産呪術であり(『釈日本紀』『日本紀纂疏』)、産屋が設けられたとき天忍人命がカニを掃ったのは生児の長寿息災をことほぐ類似呪術であり、産屋を完全に葺かずにおくことは生産習俗であり(沖縄)、産屋を海浜に設けるのは水の神秘的勢能による生児の霊力の証示と関連する。
ホオリは櫛に火を灯して産褥を盗み見したとも記されるが、この「一つ火」を灯す行為もタブーであったと指摘される。
夫がトヨタマヒメに生児の名を問うたのは『古事記』垂仁天皇条と同じく命名権が母に存した制の名残であり、トヨタマヒメが海阪を塞き止め海陸往来が絶えたのは黄泉比良坂(よもつひらさか)のイザナギとイザナミの神話を髣髴させ、上古の母権社会と古代の父権社会との拮抗を感じさせる。
今昔秀歌百撰で豊玉毘賣命は1番で、 赤玉は緒さへ光れど白玉の君が装し貴くありけり (出典:古事記 上巻、選者:土田龍太郎(東京大学教授))