1920年2月26日に函館市で生まれる。
1941年に東宝に入社以来、映画の脚本を執筆してきた。その中でも1958年に制作された月光仮面は大ヒットし、日本の特撮の先駆け的存在となった。
日蓮宗の寺に生まれ育った。「喧嘩康範」の異名を取るほど妥協しない硬派・正義漢だったが、仏教思想に基づいた反戦・非暴力主義者でもあり、その思想は作品にも色濃く反映されている。耳毛が長いことでも有名。
代表作
特撮
楽曲
『おふくろさん』事件
2007年2月、川内が作詞した森進一の曲『おふくろさん』の歌い出しに勝手に歌詞が付け加えられていたとして激怒。「森には今後、俺の作品は一切歌わせない」と自身作詞の楽曲を全て封印し、絶縁を宣言した。その後、両者の対話は一切果たされること無く、川内は2008年に88歳で他界。和解は永遠に叶わぬものとなった。
なお、詳細と顛末についてはWikipediaの「おふくろさん騒動」を参照されたし。
この騒動の影響で川内氏は自作の著作権全般についてやたらと厳しいというイメージが持たれてしまったが、「『月光仮面』の大ファンでもある漫画家の永井豪は『けっこう仮面』執筆の許可を得るため川内の元を訪れたところ、あの内容にもかかわらず大笑いして快諾してくれたというエピソードがある。
さらにはSPEEDWAY(TM NETWORKの前身にあたるバンド)の『Rockin' on the 月光仮面』や嘉門達夫の『替え歌メドレー』で『にっぽん昔ばなし』をネタとして使用することにも許可を出しており(そうでなければいずれもリリースは不可能)、きちんと筋さえ通せば著作権にうるさいことはなかったらしい。