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北白川宮成久王の編集履歴

2019-11-29 07:38:12 バージョン

北白川宮成久王

きたしらかわみやなりひさおう

北白川宮成久王とは日本の皇族。

概要

北白川宮能久親王の第三王子で母は富子妃、陸軍の階級は陸軍大佐。


プロフィール


経歴

明治20年(1887年)に誕生した。父の薨去後北白川宮を相続。明治34年(1901年)に陸軍幼年学校に入校、明治42年(1909年)に明治天皇の第七皇女の房子内親王と結婚、陸軍士官学校・陸軍大学校を卒業して陸軍砲術大佐となる。

大正10年(1921年)に北伯爵という仮名でフランスに留学し現地での運転を覚えた。大正12年(1923年)に成久王は朝香宮鳩彦王と房子内親王とフランス人と共にドライブに行ったがペリエ・ラ・カンパーニュ村の遠くない地点で前の車を追い抜こうとしたがスピードの出し過ぎで車は大きく横へ滑って路肩にあったアカシアの大木に衝突した。成久王とフランス人の運転手は即死し鳩彦王と房子内親王は重症を負った。


系譜

父:北白川宮能久親王

母:富子妃

妃:房子内親王明治天皇の第七皇女)

第一王子:北白川永久王

第一王女:美年子女王 - 立花種勝夫人

第二王女:佐和子女王 - 子爵東園基文夫人

第三王女:多恵子女王 - 徳川圀禎夫人


外部リンク

北白川宮成久王 - Wikipedia


関連タグ

皇族 宮家 北白川宮

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