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脇阪寿一の編集履歴

2021-12-28 19:32:15 バージョン

脇阪寿一

わきさかじゅいち

日本のレーシングドライバー、レーシングチーム監督

1972年7月29日生まれ。奈良県奈良市出身。

身長177cm。体重63kg。血液型はAB型。

同じくレーシングドライバーの脇阪薫一は実弟。


1996年に全日本F3選手権でシリーズチャンピオンを獲得し、以後 フォーミュラ・ニッポンや全日本GT選手権(JGTC)などの第一線で活躍を始める。


デビューから間もない頃はホンダ陣営の若手ドライバーだったが、JGTCにおいて2001年にチームルマンに移籍して以降はトヨタ陣営のドライバーとなり、2002年にはJGTCシリーズチャンピオンを獲得。同シリーズが改称したSUPER GTでも、トムスで2006・2009年にドライバーズチャンピオンとなり、「ミスターGT」の異名がついた。


その後は徐々に体力の衰えを見せたが、悪童ぶりで知られた関口雄飛を「更生」させるという大仕事をこなして、2015年シーズンを最後に引退した(関口は2021年にチャンピオンへ上り詰めた)。


チーム監督としても2019年に古巣チームルマンでチャンピオンを獲得した。2021年現在はSARDで監督を務めている。またTOYOTA GAZOO Racingのアンバサダーとしても活動し、自動車関連メディアに出演している。

ドライバーとしての活動自体は完全リタイアしたというわけなく、スーパー耐久や86/BRZレース、ラリーなどにスポット参戦することもある。


人柄は軽妙な関西弁トークと明るいキャラクターで知られ、吉本興業に所属して多数のテレビ番組に出演している。

また大晦日に放送されているダウンタウンの『ガキの使いやあらへんで!! 大晦日年越しSP』として放送された「絶対に笑ってはいけない地球防衛軍24時」では、芸人の罰ゲーム企画の際に、レクサスLFAを富士スピードウェイで全開ドライブしたことがある。

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