概要
日本三古湯に数えられ、日本書紀や清少納言の枕草子にも書かれている。
神戸市中心街からみて六甲山の裏側に位置するが、鉄道が通っているため京阪神などの大都市からのアクセスが良好。
秀吉のラブパワー全振り温泉
とにかく豊臣秀吉がこよなく愛した湯としてよく知られる。
最初は天正8年、播磨別所氏の三木城攻略の後、協力していた有馬郡の有するこの温泉に城攻めの疲れを癒すため初めて入湯。
どうやらこれをきっかけにドハマりしてしまった模様。
以降、戦の合間を見て何度もここを訪れただけでなく、後に大規模な茶会を実施したり別宅を建てたり、更には大火で焼失した薬師堂の復興支援を正室・寧々にお願いされて行ったりした(つまり夫婦揃ってドハマりしていた事になる)。
が、慶長3年に発生した大震災によるダメージで有馬全域が壊滅状態に。頼みの綱の温泉も温度の上昇により入湯が不可能という正に存亡の危機に瀕してしまう。
これを知るや否や秀吉は、地域一帯の復旧のみに止まらず、丸々1年にも及ぶ『泉源の厳重確保』、『水害回避の為の近隣河川の治水工事』等々の正に天下人パワーフル注入での改修工事までをも決行(しかもこの時行われた工事箇所はその後300年以上改修の必要が無かった程ガチガチに強固な物だったとか)。
こうして『太閤殿下の推し温泉』たる有馬温泉は見事復活。
以降この地は今現在に至るまで(間に200年以上に及ぶ徳川の世を挟んでいるのにもかかわらず)秀吉&寧々へのガチリスペクト状態。
『秀吉』『太閤』等の名を冠する地名・施設名は枚挙に暇無い。
交通
関連キャラクター
とその妹で、同じく銀泉から産まれた銀泉の土地神である温泉むすめの有馬楓花
の二人が2017年10月付けに有馬温泉観光協会公認の基に有馬温泉特別観光大使に就任し、広報活動などを行っている