概要
K9155㎜自走榴弾砲とは韓国軍が開発・生産した155㎜砲クラスの自走榴弾砲である。1980年代にから開発が進められ、その後1999年から生産配備が続けられている。本車両は韓国軍が初めて開発した自走榴弾砲であるが、その高い性能とコストパフォーマンスから21世紀で最も生産された自走榴弾砲となっている。
詳細
開発経緯
ソウルが火の海になる前に
北朝鮮軍は恐るべき数の火砲(10,000門以上)を北緯38度線沿いに配備しており、韓国の首都ソウルを常に火の海にすることができた。これに対し韓国軍と在韓米軍はM109自走砲などを装備してきたが、北朝鮮の170~240mmクラスの大口径自走砲には射程、威力ともに劣っている状態だった。主体砲を始めとした大口径長射程砲の脅威に加えて長距離ロケット砲や弾道ミサイルの脅威は市街地を蹂躙するには十分で、北朝鮮はそれらを大量に配備していたのだ。もちろん配備されているM109を更新して対抗する方法もあったが、改良型M109A6パラディンは高コストな上に微妙な性能であった。このままの状況では流石にマズいと打破するために始まったのが国産新型自走砲開発計画である。
ゼロから始まる自走砲開発
要求された仕様としては主に長砲身155mm砲、射程40㎞、最大発射速度6発/分、慣性航法装置の適用、射撃制御の自動化、機動性の確保、生存性の向上、国内独自開発という未経験にしてはなかなかハイレベルな物となった。だがこれは38度線で対峙する北朝鮮は韓国に比し火砲数量が5000門多く、またその殆どが自走化・車載化され機動力が高い火砲であり、数的劣勢を質的に克服する事が求められたという背景がある。
開発が難航することは目に見えてたので、イギリスのヴィッカース社に技術移転を持ち掛けるも拒否され逆にAS90を売り込みかけられる。これより技術の海外移転は難しいと判断しとりあえず国内技術での研究開発がスタートした。もともと国内にM109のライセンスしたK55自走榴弾砲があるので、それらをベースとしながら長砲身155mm砲の研究を1990年に開始することにしたのである。同様にして車体の研究やサスペンション、射撃装置の研究も行われていった。実証試験も難航しK1の技術などを転用するなど涙ぐましい取り組みが行われたが……最終的に難しそうな部分はアメリカやドイツなどの製品を部品やユニット単位でライセンス生産することで解決していったのである。
紆余曲折あったものの初期研究が終わり1994年からは先行開発が開始されXK9と命名された。本格的な部品設計に始まり装甲材の開発や、試作砲塔の実証試験や性能試験設備の建設を行い始める。着々と準備が進む一方でイギリスから導入したサスペンションが重量に耐え切れず故障する、ドイツ製エンジンのトラブルなどに見舞われる。1997年からは実用段階の設計開発に移行し、装薬の改良で射程40㎞を達成させたり、トラブル続きだったイギリス製サスペンションを改良を施した上で逆にイギリスに提供するなど開発を進めていった。そして1998年にK9として制式採用され翌年から量産を開始。多くの困難に見舞われながらも比較的スムーズに開発完了したのであった。
性能
仕様要求に求められた性能は一通り達成することに成功している。
- 火力性能‐52口径155mm榴弾砲を装備し(最大仰角70度)弾丸装填は機力補助、装薬装填は手動で行われる。ロケットアシスト弾を使用すれば最大射程50㎞にも達する。射撃管制装置により陣地進入から60秒で射撃を開始可能で、砲撃開始以後最初の3分間の最大連続射撃速度は毎分6発、それ以降の持続発射速度は毎分2発であり、バースト射撃(15秒に3発発射)した砲弾を同時に着弾させるToT(Time on Target)機能も有する。
- 機動性‐ ドイツMTU社製ディーゼルエンジンをライセンス生産したものを装備。これにより47トンの車体でも時速60~70㎞で移動することが可能である。同様に登板能力も高い。またM109とは違い改良型サスペンションによってアウトリガーの展開をする必要もない。
- 防御性能‐155㎜砲弾の破片に対する防護力のほか、距離200mから発射された14.5㎜弾の直撃や対人地雷に対する装甲を有する。自動消火装置やNBC防護、おまけに自己修復診断システムまで装備している。
総論
非常に上手くまとまった自走榴弾砲であると言える。西側規格の自走砲として標準以上の性能を有し、なおかつコストパフォーマンスに優れている点は非常に強力であろう。
K9自走榴弾砲と比較される自走榴弾砲には、ドイツのPzH2000、アメリカのM109A6パラディン、ロシアの2S35カリツィア-SVが挙げられる。PzH2000は高い発射速度、放熱速度、弾薬装填、装甲、射程(K-9の最大射程は54km、PzH2000は56km)を備えている。しかしK9は価格で大きな利点を持っている。一両あたり40~50億ウォン(約3億8000万~4億8000万円)でPzH2000やM109A6の半分以下の値段であるのだ。ロシアの2S35カリツィア-SV自走榴弾砲のカタログスペックもPzH2000と同様にK9よりも優れているが、K9より20年遅れて登場したのに関わらず、性能の向上がないという面もある。それにK9は後述する通り現在もアップグレードが続けられているというもの大きいだろう。いずれにせよK9が優秀な車両であることには間違いないのである。
発展・派生型
- K9A1 -INSナビゲーションシステムにGPSを追加し、ドライバーの夜間潜望鏡とリアビューカメラを追加し、補助動力装置(APU)を装備した改良型。現在初期型に置き換える形で配備が進められている。
- K9A2 -新規設計された砲塔によって人員の省力化を行ったタイプ。給弾システムを見直し5人から3人まで減らすことができた。砲塔が長くなっている。あとエアコンが標準装備された。
- K9A3 -有人の指揮車両を中心に無人車両化する計画案。遠隔操作も可能にするとされている。現在開発中であるため詳細は不明。
- K10弾薬運搬車 -K9の車体を流用した弾薬運搬車。自動給弾装置によって人力ではなく自動で直接補給することが可能となっている。
- T-155 -トルコでのライセンス生産版。ほとんどK9と変わらないがトルコ軍は自国開発したと言い切っている。
- AHSクラブ自走榴弾砲 -ライセンス生産したK9の車体にイギリスのAS90の砲塔を載せたポーランド軍の車両。ウクライナ侵攻に際してウクライナ軍に供与され実戦投入されている。ポーランド軍は車体のみのライセンス生産を行っているが、これを車台として自走対空砲や対戦車車両も開発しようと試みている。
配備と実戦、そして輸出
韓国軍向けにはおよそ1300両が配備された。現在も改良したうえで運用が続けられている。実戦投入に関しては2010年11月に北朝鮮による延坪島への砲撃事件が挙げられる。6機のK9のうち3機が80発以上の弾丸を発射したが、1機は砲撃前の射撃訓練中に不発弾となり、2機目は奇襲爆撃で無力化された。この事件に関しては様々な意見があるものの、K9でなかったら反撃すらできなかったのではと韓国軍では考えられており、延坪島に追加でK9を配備するに至っている。特に防御性能に関しては十分役に立っており、車内にいた乗員には死傷者はなかった。
韓国軍以外にもライセンス生産としてインド・ポーランド・トルコなどで生産・配備が開始されており、各国ごとに改良型も存在する。また中古の車両としてフィンランドやエストニア、ノルウェーなどにも輸出されている。現在のトレンドがフランスのカエサルや日本の19式のような装輪式自走榴弾砲であるものの、西側規格の装軌式自走榴弾砲の開発を各国が行っていなかったこともありシェアは拡大する一方であると考えられる。特にウクライナ侵攻による砲兵火力の見直しが行われた結果として各国で早期に導入できる車両を検討しているといった背景もあるだろう。現在でもオーストラリアで新型自走榴弾砲として採用されたり、エジプトやイギリスでもライセンス生産する計画も進んでいる。K9は今後も世界中で運用される自走榴弾砲となるだろう。
参考
延坪島への砲撃についての詳細がわかるナムウィキ:外部リンク
日本周辺国の軍事兵器:外部リンクl
関連タグ
99式自走155mmりゅう弾砲←ほぼ同時期に開発された自走榴弾砲、車体形状も性能もよく似通っているがお値段は倍以上する
K2戦車←K9と共に韓国軍需産業の主力製品として海外へ輸出されている。ポーランド軍はK2に関してもライセンス生産する予定である