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概要

韓国大韓民国)の軍隊。基本はの三軍で、他に海兵隊や予備役・民間防衛組織(※民兵とは異なる)もある。アメリカとの同盟関係から在韓米軍がおり、緊密な連携体制によって共同軍事演習を繰り返している。

韓国建国時の創設では微弱な規模だったが、北朝鮮との朝鮮戦争が起こると60万人に増大。休戦となってそれ以来常時臨戦態勢を続けており、方針の重点も対北朝鮮が中心になっている。

徴兵

韓国は徴兵制をとっており、18歳になった男子は徴兵検査を受ける義務があり、約2年の兵役を受け、(区分によって多少期間は異なる)兵務庁が徴兵関連の業務を司る。
期間は文在寅政権時に18ヶ月と短縮される運びとなっている。
兵役に適さない障害や病気のある者、スポーツの国際大会で好成績を納めた者、その他の特典として兵役免除される者もある。強度の近視等ごく軽い障害の場合は、兵役の代わりに市役所などでの補助業務を「公益勤務要員」として行うことで兵役の代わりにすることも可能である。

兵役に適すると判断された者は19〜29歳の間に希望する期間、兵役に就く。現状では20代のうちに入隊する者が多く、K-POPの男性アイドルグループ等ではメンバーが兵役のため一時離脱することが時々ある。かつて芸能人は「芸能兵」という楽な広報のみを担当することも多かったが、同枠の芸能人が何人か風俗店遊びや公務中のデート等不祥事を起こしたため廃止された。

適格者の兵役拒否は原則として認められておらず、違反者は軍刑法44条抗命罪・兵役法88条入営忌避罪が適用され、3年以下ではあるが実刑を課される場合もある。

また在日韓国人のように、外国に定住している韓国籍の者に対しては基本的に兵役が免除されているが、2012年に兵役法が改定され「1994年以降に出生した者で韓国への滞在期間が通算3年以上、もしくは親が1年間に通算90日以上滞在した事のある者は韓国での兵役義務を持つ」とされるようになった。

海軍と空軍は志願によって配属され、志願しなければ自動的に陸軍に配属させる。軍隊内部ではいじめ体罰が横行しているため自殺者が後を絶たず、精神的に追いつめられた兵が起こした乱射事件も数件ある。こうした虐めは政府も問題視しており、一応禁止令は出しているものの目立った効果は無い。
近年ではいじめ対策として兵士やその親が参加出来る交流SNSが設立されたが、これにより今度は過保護な親の介入が目立つようになり逆に兵士を甘やかしすぎる風潮が発生し「国防幼稚園」と呼ばれる状態になってしまうなど、迷走が続いている。
また相当の薄給であり、二等兵月給はたったの129,400~171,400ウォン(日本円で約1万円〜1.5万円相当)であり、ただでさえ景気の悪い韓国においては経済的にも厳しい状況に置かれてしまう。

このためあの手この手の兵役逃れも横行しており、二重国籍を取って外国へ逃亡する者、政治亡命扱いで逃げる者、有力者の親のコネを使おうとする者、病気等の診断書を偽造する者、一時的にドカ食いして肥満になったり自傷して基準外をねらう者など様々であるがバレると社会から激しいバッシングを受ける。また、兵役を受けていない若者を採用しない職場も多く、兵役忌避者への社会的圧力は強い。

士官を目指す者は17〜21歳で受験出来る4年制の韓国陸軍士官学校に入学する。

女性には徴兵がなく、志願制のみ。韓国内の就職難もあり志願する女性は少なくなく、士官クラスの女性軍人も存在するが、これもまた男性上官や同僚等からのセクハラの対象となる事件が頻発しており問題となっている。

歴史

1948年創設。創設直前には前身の南朝鮮国防警備隊が済州島朝鮮労働党員狩りの名目で「済州島四・三事件」という大虐殺を起こし、村々の大半を焼き払う。このため島民の多くは韓国による虐殺を恐れて日本に逃げ出し在日韓国人となった。

朝鮮戦争中の1950年には「保導連盟事件」などの自国民大虐殺を度々行った他、南朝鮮労働党にオルグされた軍部隊の反乱が何度も起り、軍幹部や兵士が大量に粛清された。1951年には幹部が兵糧を横領した結果兵士9万人が餓死するという無能ぶりをさらけ出した。このように、朝鮮戦争当時の韓国軍は大戦末期の極限まで追い詰められていた帝国陸軍以上のグダグダぶりであり、装備以外は全てにおいて北朝鮮側に見劣りしており、(白善燁将軍らの奮戦はあったものの)赤化統一を免れたのは全くアメリカ軍の支援によるものに過ぎない。

1960年の李承晩失脚後、朴正煕、金鍾泌ら一部の軍人が軍事クーデターを起こし、韓国軍は突然、政治の舞台に踊り出る。その後の韓国は軍事独裁体制(維新体制、第3・第4共和国とも呼ばれる)が敷かれ、KCIAによる恐怖政治がしばらく続く事になる。ベトナム戦争にはアメリカから援助を引き出すため派兵したが、現地で様々な残虐行為を起こし、90年代に至って金大中大統領が謝罪を行った。

1979年10月26日に朴正煕が腹心であったKCIA部長金戴圭に暗殺されると、「ソウルの春」とも呼ばれる民主化ムードが高まりを見せたが、これに対し後に大統領に就任する全斗煥を中心とする「新軍部(ハナフェ)」は12・12粛軍クーデターを実行し、軍の実権を握ると翌1980年にはこれに強く反対する民主化デモを武力鎮圧し、とりわけ民主化運動の中心的な人物であった金大中の地盤であった全羅道の中心、光州においては学生だけではなく市民も参加する大規模なデモへと発展し、これを鎮圧する過程において「光州事件」と呼ばれる事件を引き起こした。光州事件は韓国社会に根強く残る地域対立の一因となっている。
大統領に就任した全斗煥を中心とする第5共和国体制下でも軍は絶大な権力を握り、戒厳令の解除やプロ野球リーグの創設、ソウルオリンピック招致成功などの動きがある一方で軍事政権による恐怖政治は続き、暴力団や犯罪者、社会的弱者や共産主義者等の矯正という名目で半ば強制的に送り込まれ、激しいリンチ行為によって多くの死者や精神障害などの重大な後遺症を与えるに至った「三清教育隊」や民主化運動に対しての厳しい弾圧による拷問や「緑化事業」とも称される学生への民主化運動家に対してのスパイ行為の強要などが行われていた。
とりわけ、政権末期の1988年には取り調べ中に死亡者が出た事やデモ隊の学生が頭部に催涙弾を受け、昏睡状態(後に死亡)になった事が世論に火をつけ激しいデモとなり、その中で全斗煥は退陣する事となった。
1988年の大統領選挙では野党の候補者一本化が不調に終わり、金泳三、金大中等候補者乱立の結果、成立した全斗煥の後継である盧泰愚政権はそのバックに軍部出身者等前政権で中枢であった人物を抱えながらも激しい民主化要求と全斗煥政権時代の汚職などへの厳しい世論に晒される事となり、結果民政へと移行を余儀なくされ、全斗煥夫妻は首都ソウルから追放措置を受け、政治的に排除される事となる。
その後1993年の金泳三大統領政権が成立すると、全斗煥政権への清算が進められ、裁判の結果12・12粛軍クーデターや光州事件などに対する裁判で全斗煥に死刑判決(後に無期懲役となり、金大中政権時に恩赦を受け釈放)、盧泰愚は懲役刑の有罪判決を受けた事もあって軍の政治的影響力はある程度排除されたが、現在も軍は保守派の支持基盤となっている。

北朝鮮との休戦後は多少の波風がありつつも大規模戦闘は控えられていたものの2009年の大青海戦や2010年の延坪島砲撃事件などの小規模戦闘はある。

日本とは間接的同盟国として自衛隊と連携し、自衛隊は韓国軍からの留学生を受け入れている。一方、独島級揚陸艦や最新鋭潜水艦など対北朝鮮用としては明らかに過剰な海軍兵器も配備しており、対日戦を想定しているのではないかという観測もある。ただし、友好国や同盟国をも仮想敵国として国防計画を策定するのはどの国でも普通である。

ただ現状では、韓国軍が日本と戦争する可能性よりも、むしろ日韓のアメリカとの同盟関係を根拠に、韓国の対北朝鮮戦争に日本が参戦する可能性の方が高いと思われる。日本における集団的自衛権の法整備は、アメリカが対北朝鮮戦闘を日本に代行させる意図があるとも考えられる。

韓国軍を題材にした作品

  • フォーナイン~僕とカノジョの637日(莉ジャンヒュン)

韓国人漫画家が「ビッグコミックスペリオール」で連載した作品。
徴兵を迎えた青年(日本人留学生の彼女持ち)である主人公が軍隊で「テガリパックァ」と呼ばれるしごきを受ける描写があり、時代による徴兵の風習の移り変わりや悲喜こもごもが描写されている。


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