自走砲
じそうほう
野戦において砲兵が扱う大砲は移動などの際人間、牛や馬などの荷役動物、あるいは自動車などの機関による牽引が必要となるが、それでは迅速な行動および移動ができない。射撃陣地に到着後、牽引状態から射撃状態に移行し、射撃後に移動するため再び牽引状態にもどすという手間がかかる。そのため、牽引状態でも射撃可能な該当車種が登場した。
対砲兵レーダーが発達すると、大砲射撃後の速やかな陣地変換が重要な要素となった。これは同位置から射撃を続けると、弾道を電波で探知し計測可能な対砲兵レーダーが発射位置を特定し、大砲やミサイルさらには爆撃により反撃を受ける可能性がます。
これを避けるために数発砲撃ののち素早く移動するための機動性として大砲に自走能力が必要となり、射撃管制装置と自動装填装置の進化により、短時間に大量の連続射撃を行うバースト射撃能力が求められている。
このほか、最新型の自走榴弾砲では単一の砲から発射された複数発の砲弾が同一目標にほぼ同時に着弾するように高仰角から少しずつ仰角と装薬量を小さくしながら連射するMRSI(Multiple Rounds Simultaneous Impact:多数砲弾同時着弾)砲撃を可能とし、陣地展開から射撃、再移動への工程の時間短縮も重視されている。
ところが上記のようなバースト射撃能力やMRSI射撃能力などを持つ兵器は価格面および重量面により従来型よりも不利となる点があり、近年では自走砲の原点に立ち返って迅速な移動に焦点を絞り、トラックの荷台部分に榴弾砲を搭載する自走榴弾砲も登場するようになった。
この形式は牽引式榴弾砲と同様に手動で操作・装填されるため連射性能が下がり、不整地踏破能力や防御力が装軌車両型より劣ることが弱点となるが、低コストで量産性が高く、舗装路に限れば展開能力で勝るのが利点であり、軽量なため輸送機やヘリでの空輸が可能なものもある。
また、砲塔を持たず車体に主砲が直接ついたものは、車高が低い(=敵に対する隠蔽性が高い、待ち伏せ戦術で有利)という利点がある。
近年は航空支援の陰に隠れがちではあったが、2022年からのウクライナ侵攻では、ロシア・ウクライナ両軍とも航空優勢の確保に失敗したため砲兵による火力支援が再評価される一方、設置型の大砲の脆弱さも改めて露呈し、自走砲の重要性が増しているが、素早く陣地変換できる自走砲であっても自爆型ドローンの攻撃からは逃れられないというジレンマも抱えている。
よく混同されるが、戦車とは別の兵器である。一時期その境目があいまいになったこともあったが、現在では戦車と自走砲は明確に区別され、その運用法も全く異なるものとなっている。
この項目では現代における自走榴弾砲と一般的な戦車の違いを説明する。
本来、戦車は防御された陣地の突破を目的に開発され、自走砲は大砲に機動力を与えるため開発された物である。ただ、広義に戦車であっても狭義では自走砲の任務も果たす場合があり、その逆もある。
近代的な戦車には移動する物体を砲撃する能力、すなわち動目標射撃や、自ら移動しながら砲撃する能力、すなわち行進間射撃があるものの、自走砲ではそれらの能力が重視されておらず、長距離の目標へ向けてどれだけ多くの砲弾を短時間で投射できるかがより重要となる。
また戦車の砲弾は、比較的近距離の低伸弾道を高速で飛翔して短時間のうちに目標に弾着する事を想定しており、敵戦車や重装甲のものを攻撃する場合徹甲弾や成形炸薬弾が用いられ、軽装甲車両や人員のような目標には多目的対戦車榴弾が用いられるが、自走砲の砲弾は、遠距離かつ放物線を描く弾道で発射され、種類は搭載された大砲に適合した砲弾(特に榴弾)が用いられる。
さらに戦車の砲塔はほとんどが全周旋回が可能であるが、自走砲では車体前方の限られた範囲しか砲を動かないものや、砲塔そのものを持たないもの(この場合角度調整は車両の移動により行う)も存在する。遠距離へ曲射する自走砲では直射する戦車よりも仰角(水平を基準とした上向きの角度)が大きく取れるようになっている。大口径砲を搭載する自走砲では、車体後部に駐鋤(スペード)を備えて車体の動揺を抑制し命中率等を上昇させるものも存在する。
目視距離まで近づいて敵を撃破するために駆け回る戦車は主として敵戦車が発射する徹甲弾・成形炸薬弾・粘着榴弾や、歩兵や軽車両、攻撃ヘリコプター等が発射する対戦車ミサイルの直撃に耐えられるだけの装甲を備えるように設計されているのに対して、戦闘に対し比較的安全な後方から間接攻撃によって参加ののち速やかに退避する前提の自走砲では敵砲弾の直撃に耐えることは必要なく周囲へ弾着する砲爆撃から飛散する破片や爆風や機関銃による銃弾程度に耐える比較的薄い装甲だったり装甲を持たないものも存在する。
この兵器は大砲の種類と駆動装置により呼び方が異なる。自走榴弾砲(榴弾砲)、自走迫撃砲(迫撃砲)、自走無反動砲(無反動砲)、自走対空砲(対空砲)などと呼ばれるが、現在では通常単に自走砲と言えば自走榴弾砲(自走カノン砲と呼ばれることもある)を指す。
過去には対戦車自走砲(対戦車砲)、自走歩兵砲(歩兵砲)、自走臼砲(臼砲)なども存在し、運用する軍組織によって書類上の分類から突撃砲や砲戦車などと呼ばれることもあった。
また大砲が車両に搭載されて利用できることが条件であるため、トラックに砲を載せただけの物から、重さ120トンを超えるカール自走臼砲まで、多種多様な物が開発された。
また、装軌型(すなわちキャタピラを使うもの)と装輪型(タイヤを使うもの)という分類も存在する。
牽引式榴弾砲の中には、陣地展開時や陣地変換のために補助エンジンによって短距離を自走できるものもあるが、これはあくまでも大砲であり、自走砲には含まれない。
装軌型
イギリス
ドイツ
日本
装輪型
- G6ライノ(南ア)
- ダナ152mm自走榴弾砲(チェコスロバキア)
- ズザナ 155mm自走榴弾砲(スロバキア)
- 24式機動120mm迫撃砲
トラック型
- カエサル(仏)
- アーチャー(スウェーデン)
- 19式装輪自走155mmりゅう弾砲(日本)
分類等
構造的にはほぼ同じ兵器であっても国や時代が異なれば違う分類となる事例が存在する。運用する兵科や元となった開発目的がそのような兵器の分類を規定することがあるが、それも変化しやすく明確な分類法とはならない。例えば第二次世界大戦のドイツ国防軍では、無砲塔の戦闘車両が戦車部隊に配備されれば駆逐戦車、砲兵部隊に配備されれば突撃砲か自走砲と呼ばれた。同じように日本では戦車部隊では砲戦車、砲兵部隊では自走砲と呼ばれる。しかし、実際には砲兵部隊の管轄(自走砲)であるにもかかわらず、現場の戦車部隊側が勝手に砲戦車扱いする場合が多かった。
乗員
一般に、車長・操縦手・砲手・装塡手1〜2名の合計4〜5名。自走榴弾砲は砲兵科ではあるが、騎兵科の後継たる戦車兵とほぼ同様な構成に収斂している。
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