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概要編集

不整地走破用車両の一形態で、基本的にはトラックの後輪部分をキャタピラにした構造をしている。

(後でちょっとおかしな例があるので覚えておこう!)

日本語では“半装軌式自動車”もしくは“半無限軌道式自動車”という。

主に第二次世界大戦当時に使われた。

ロシアでフランス人のアドルフ・ケグレスにより開発され、フランスへと帰国後にシトロエン社で実用化された。


日本語だと勘違いしやすいが、ハーフトラックのトラックとは無限軌道の“Track”であり一般的な(貨車を示す)“Truckではないので要注意


※間違いの例

ハーフエルフ


各国事情編集

ドイツ第三帝国編集

SdKfz251 Ausf C

特にトチ狂ってハーフトラックばかりこさえてたのがドイツ軍である。基本的に同じ種のキャタピラを使いまわしており荷重によって転輪とサスペンションの数が変わるのだが、1トン用、3トン用、5トン用、8トン用、12トン用、18トン用ともういい加減にしろってぐらいのバリエーションがある。

また、この他に兵員輸送用や弾着観測用の装甲車としてつくられたものがある。


ドイツ軍で制式化されたハーフトラックは全て「特殊車両」を意味するSd.kfzの形式号が頭につく(実はハーフトラック以外にもつく。というかドイツ国防軍が採用した車両はソフトスキンの装輪車以外全部このカテゴリであり、例えば重戦車ティーガーⅠにも『Ⅵ号戦車』とは別にこの符号から始まる形式番号がある)。

なお、8輪装甲車のSd.Kfz.234はハーフトラックではない装輪式だが、計画当初はハーフトラックとして構想されていた。


ケッテンクラート編集

センシティブな作品

Sd.kfz.2オート三輪というかそれ以前に出現したバイクベース3輪車のハーフトラック版のようなシロモノ。

ロマンを非常にかきたてられるスタイルではあるが、ちょっと考えりゃ解るとおり非常に運転しづらかった。

その為ハンドル操作に合わせて左右のキャタピラの速度が変わる機構を組み込んである。と一度決めたら無駄に凝るのがドイツらしい。戦後日本の軽自動車のサイズ考えりゃ4輪にした方が開発する手間も生産コストも安いということは考えてはいけないらしい。

ハンドル部分を取っ払ったトラクターが民生用にバカ売れした


マウルティア編集

オペルや輸入車のフォードの既存トラックのリアサスペンション部分を置き換えてハーフトラックとするもので、キャタピラ部分も鹵獲したイギリス軍のカーデンロイド軽戦車やユニバーサル・キャリアの部品をパクッて設計したという非常にリーズナブルなもの。


その他編集

フランス軍から接収したシトロエン・ケゲレス製ユニックシリーズをドイツ軍でも使用していた。


アメリカ編集

逓信局Ⅱ 色違い

ドイツとは対照的にほぼ馬鹿の一つ覚えM3ハーフトラック。大戦後半に大マイナーチェンジしてM5ハーフトラックとなる。軽戦車のスチュアートと紛らわしい。

バリエーションは同一のシャシーでいろいろな用途に流用するというこれまたドイツとは対照的な真にアメリカらしいもの。75mm自走砲、M15M16自走対空砲など。


フランス編集

シトロエン・ケグレス

ドイツの項で簡単に述べたとおり、シトロエンシトロエン・ケゲレス ユニックシリーズとしていくつかの規格型ハーフトラックを生産しており、多用されていた。ドイツやアメリカのそれに比して大きな野暮ったい起動輪が特徴的。特にP.107は手ごろな大きさで接収したドイツ軍でも重用された。ドイツ軍での呼称はU304(f)


日本(大日本帝国陸軍)編集

はい出てきましたハーフトラック界の問題児日本陸軍

というのも、ハーフトラックというのは概要の項で述べたとおり「自動車の後輪部分をキャタピラにしたもの」なわけだが、日本軍のハーフトラックは「完全な装軌式車両の前にタイヤをくっつけたもの」という設計手法をとっているのである。


一式半装軌装甲兵車 「ホハ」

諸説紛々あってはっきりしないのだが確実に言えるのは日本で制式化されたハーフトラックはこの一式半装軌装甲兵車(ホハ車)だけのようである。というのはハーフトラックの利点は「普通の自動車の感覚で運転できる」ということで当時すでに自動車免許人口の多かった独・米・仏では便利だったのだが、日本は当時そこまで自動車が普及していなかったため、結局一から搭乗員を養成するしかなく、それなら完全な装軌式のほうが超信地旋回(キャタピラを左右で逆回転させてその場で方向を変えること)もできて便利じゃねぇかという結論になってしまうためである。このためドイツやアメリカがハーフトラックにやらせていた任務のほとんどは日本は完全装軌式の九四式軽装甲車などにやらせていた。ちなみにホハ車と同時に完全装軌式の兵員輸送車として一式装軌装甲兵車(ホキ車)も開発されていた。というか、前述したとおりホハ車はホキ車のエンジンルームを前に出してタイヤをくっつけたシロモノなのである。

ちなみに開発コードは“へいしゃ んそうき”だと思われる。


ところが、ここに至る経緯がどうにもおかしい。日本は以前からハーフトラックを研究しており、九二式重装甲車の足回りを使ったTC車に始まっていくつか試作したがものにならなかったが、昭和13年に試作した試製九八式高射砲牽引車が部隊に試験配備してみたところ非常に評判がよく、制式名称がないまま量産してしまったという日本陸軍では信じられないようなエピソードを持つシロモノがあった。これが後の一式ホキ・ホハまで、完全装軌かハーフトラックかの議論を残すことになったのである。ちなみにこの試製九八式もキャタピラ部分はどう見ても九七式軽装甲車です本当にありがとうございました

日本陸軍には“九八式”で採用された(完全装軌式の)牽引車が他にもいくつかあり、混乱しやすく情報が曖昧なのだが、ホハ車以前のハーフトラックというとこれしか出てこないので、この試製九八式の開発コードがコヒ車(うしゃほう く)だと思われる。


日本(戦後)編集

日本はさらに戦後もハーフトラックを作った。本田技研工業T360TN360用のスノーラである。特筆すべきは個人でも簡単にタイヤとキャタピラの付け替えができたことで、後にスバルサンバー4WDを出すまでは積雪地を中心に重用された。


しかしそこは世界のホンダ舐めてはいけない。道路の整地・舗装が進み、国産4WDの完成度も高まり、もうハーフトラックの必要性などないはずの1994年、何を血迷ったか後部2軸構造のアクティ クローラを発売。自動車専門誌を賑わせた。


その他編集

イギリスも米独並みの運転人口だったはずだがどういうわけかハーフトラックを嫌い、アメリカから供与されたものもほとんど、カナダやANZAC(オーストラリア・ニュージーランド連合軍)に押し付けてしまった。

ソ連は日本よりも尚運転人口率は低いぐらいでBA-30というハーフトラック装甲車を採用しているのみで、自国ではハーフトラックの開発に不熱心だった。ただしアメリカから供与されたハーフトラックは多用しているので、単に彼らなりの選択と集中の一環だったのかもしれない。

イタリアもイギリス同様ハーフトラックがあまり好きではなかったらしく4輪トラクターを多用した。ただ皆無ではなく自国で開発・製造もやっているのだが、キャタピラ回りはメーカーを問わず一緒な上にイタリアの完全装軌車にはない行き違い式の(当時重量車用にはドイツとアメリカしか生産できなかった)トーションバー方式……どうもイタ公お得意のドイツに部品クレクレをしていたんじゃないかと疑わざるを得ない。


第二次世界大戦後編集

第二次世界大戦期に出現した総輪駆動方式(一般には4WDと言われるが軍用車には6輪・8輪も多いのでAWDと表現したほうが良い)は急激に完成度を増し、ある程度の荷重、悪路であれば、完全装軌式の戦闘車両に追従できるようになった。

ハーフトラックは完全装軌式の車両ほど悪路走破性が高くない反面、舗装路を傷つけてしまうなどのキャタピラ車が抱えるデメリットは持っていた。

このため、戦後完全総輪式車両の完成度が急速に高まると、ハーフトラックは姿を消していった。


関連タグ編集

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