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SU-152

すーすとーぴぢすゃーどどゔぁー

第二次世界大戦中、ソ連が開発・運用した自走砲。(メイン画像の上の車両、下はISU-152)

概要

第二次世界大戦中、ソ連が開発・運用したKV-1S重戦車ベースの自走砲。

独ソ戦が始まると、ドイツ軍ではIII号突撃砲が歩兵を支援する対陣地戦から対戦車戦まで活躍していた。 一方のソ連軍は同じ任務にKV-2重戦車をあてがった。KV-2は初期こそ善戦したが、重装甲の回転砲塔は平坦な所でないと旋回できず、機動戦の障害となり損害を増やすことも多かった。
さらにソ連は緒戦において大損害を負い、工業地帯も東部に移転するという状況に置かれた。 ソ連軍は1両でも多く前線に強力な火砲を搭載した戦闘車両を送る必要があり、回転砲塔ではなく固定戦闘室式が、生産性でもより強力な火砲を搭載する上でも有利であった。 そのため、この頃から固定戦闘室を備えた支援車輛の開発がなされていた。

本車はKV-1を軽量化したKV-1Sの車体に、前面75mmの密閉固定戦闘室と152mm ML-20S加農榴弾砲を搭載している。わずか25日で設計が完成したが、これは設計のほとんどを同じコンセプトの試作車両であるKV-14から流用したため。 1943年2月14日に正式採用され、3月から量産に入り、5月に最初の部隊編成がなされた。 これらの車両は軍または方面軍直轄の独立重自走砲連隊(OTSAP)に配属された。 この連隊は装甲車両のほとんどが大口径火砲を搭載した車輛で構成された、戦線突破の切り札でもあった。

搭載した152mm ML-20S加農榴弾砲は距離1,000mで120mm、2,000mでも110mmの直立鋼板を貫徹することが可能だった。 大口径由来の重い砲弾を発射するため、貫通というよりは破砕であった。 その威力はすさまじく、開発当初の目標だったティーガーⅠはおろか、ティーガーⅡでさえも「正面装甲は貫通されなかったが、叩き割られた」という。

クルスクの戦いにおいて、本車は多数のⅣ号戦車、ティーガーⅠを撃破、パンター戦車も撃破した記録があり、その功績から『ズヴェロボイ』(猛獣ハンター)と呼ばれた。
(なお、ソ連側の記録ではフェルディナント重駆逐戦車も撃破したとしているが、実際に撃破された車両は存在しない)

本車は1943年一杯まで生産され、各地の戦線突破に貢献した。 生産総数は670ないし704両といわれる。 その後は元となったKV-1の生産が終わり、SU-152の生産ラインも車体をIS-1重戦車に更新したISU-122/152へと切り替えられる事になった。
大戦を生き残ったSU-152は1950年代までソ連軍で運用されていたらしい。

関連タグ

自走砲 駆逐戦車 KV-1 IS-1

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