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ISU-152

いーすーすとーぴぢすゃーどどゔぁー

第二次世界大戦中、ソ連が開発・運用した自走砲。
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概要

第二次世界大戦中、ソ連が開発・運用したIS-1重戦車ベースの自走砲。

開発史

前身となったSU-152は、その火力で敵の重防御拠点や重戦車を破壊可能な成功作となった。 しかし車体ベースのKV重戦車は1943年11月に生産を終了し、生産ラインはIS-85(後のIS-1重戦車)に切り替わることが決定したため、KV車体のSU-152もシャーシをIS-85に改めた新型車両に更新されることになった。

チェリャビンスクのキーロフスキー工場で43年7月に開発が開始され、試作車は9月完成、11月に正式採用というスピード開発となった。 これは基本的な構造がSU-152から特に変更されなかったことが主な要因である。

SU-152との相違点

車体がIS-1重戦車になったのは言うまでもない。 それに伴って車体部分の車高が低くなったため逆に上部戦闘室は背が高くなっている。 戦闘室正面装甲は15mm増厚した90mmとされた。
戦闘室天井は、全面が溶接されていたSU-152に対し、ISU-152では後半部分がボルト止めに改められている。これは被弾・誘爆時に容易に外れて爆風を逃がすための措置で、SU-152では誘爆の圧力で完全に破壊される場合でも、ISU-152では再生可能なレベルに抑えることができた。

主砲はSU-152から引き継いだ152mm ML-20Sを搭載。 相変わらず強力な主砲であり、徹甲弾が貫通しなくても大重量の砲弾の運動エネルギーによる衝撃で装甲を叩き割ったり、装甲内壁を剥離・飛散させ乗員を殺傷したり、故障をおこさせ戦闘不能に追い込むことができた。

戦歴

1944年2月には、軍または方面軍直轄の独立重自走砲連隊(OTSAP)に21輌ずつ配備され、44年の末からは戦車軍直轄の特別機械化砲兵旅団に65輌ずつが配備された。 重自走砲連隊は44年夏のバグラチオン作戦から本格的に活躍を開始し、少なくとも14個連隊が投入され、野戦だけでなくケーニヒスベルクベルリンのような市街戦でも威力を発揮している。
終戦後は一時的に生産を停止するが、1947年にIS-2mの車体を用いて生産を再開、ISU-152は1955年までに2,450輌が生産された。 中国・エジプトにも輸出され、それぞれ朝鮮戦争第三次第四次中東戦争に投入された。 またイラクに輸出された車輛はイラン・イラク戦争及び湾岸戦争で使用された。

派生型

  • ISU-122:152mm ML-20S加農榴弾砲の生産が遅れたため、代わりに122mm D-25T加農砲(又は122mm A-19加農砲)を搭載した車輛。 ISU-152と比べ主砲の火力は幾分劣るものの、携行弾数・発射速度で優れていた。 こちらもISU-152と共に量産され、戦後も1952年までに3,130輌が生産された。 改良型として、閉鎖器を鎖栓式に変更したDT-25Tに換装し発射速度を向上、防盾の形状も変更したISU-122Sが存在する。
  • ISU-122BM:「122mm BL-9」加農砲を搭載した試作型。
  • Object246:ISU-152-1とも。 長砲身化した「152mm BL-8」加農砲を搭載した対戦車試作型。
  • Object247:ISU-152-2とも。 上記BL-9を改良した「152mm BL-10」加農砲搭載の対戦車試作型。
  • Object250:ISU-130とも。 「130mm S-26」海軍砲を搭載した試作車両。
  • Object704:車体をIS-3重戦車に変更した、傾斜装甲を持つ試作型。 量産はされなかった。
  • ISU-T:主砲を撤去した野戦指揮車輛。
  • BTT-1:主砲を撤去した装甲牽引車/装甲回収車。
  • 2P4 フィリン:戦術ミサイル「3R-2」を搭載した自走ロケット発射機。
  • 8K112P19:R-11(NATOコードネームはスカッド弾道ミサイルを搭載した輸送起立発射機。


関連タグ

自走砲 駆逐戦車 IS-1

World_of_Tanks:ISU-152、ISU-122S、Object704が実装されている。
            ISU-152は主砲を換装することでISU-122、ISU-122BM、Object247仕様にできる。
            ISU-122Sは期間限定販売されたプレミア車輛。

War_Thunder:こちらもISU-152、ISU-122、ISU-122Sが実装されている。

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