概要
セルビア出身の男子プロテニス選手。1987年5月22日生まれ。
身長188cm、体重80kg。右利き。バックハンド・ストロークは両手打ち。
セルビア人初の4大大会優勝者で、ロジャー・フェデラー、ラファエル・ナダル、アンディ・マレーと共に『BIG4』と称される。
2003年、16歳でプロデビュー。
19歳でトップ10入り、20歳で全豪オープンを制するなど若くして成功を収めたものの、フェデラーとナダルの2強の牙城を崩せず、長らく『第三の男』の座に甘んじていた。
しかし、後述する食事療法により大幅なフィジカルの向上を果たし、2011年には全豪・ウィンブルドン・全米での三冠を達成し、世界ランク一位に輝くというまさに「王者」というべき活躍を見せる。
2015年には再び三冠を達成。2016年には男子のプロではナダルに次いでキャリア・グランドスラムを達成し、通算獲得賞金が史上初めて1億ドルを超えた選手となった。
2021年には歴代最長1位在位記録・最多年間1位回数を樹立し、ダブルグランドスラムを達成した。
現在まで世界のトップクラス選手として活躍を続けている。
4大大会20勝しているが、ラケット破壊の常習者でもある。
グルテンフリーの生活
2010年ごろから『グルテンフリー』を取り入れた食事療法により、劇的に体質が変わり成績も向上した。
元々試合中に呼吸が苦しくなり動けなくなる、消化不良で腹痛を起こすなどの体調不良を抱えており、偶然試合をテレビで見ていたセルビアの栄養学者からの指摘を受けたこと、応用キネシオロジー(※代替医療の一種)による筋肉反射テストを受けたことで、自身の体にグルテンが合わないとわかったという。実際に医療機関でアレルギーなどの検査を経て、セリアック病(グルテンへの過剰な免疫反応)※を抱えていることが発覚した。
その後、先述の栄養学者の指導で、パンやパスタなど小麦製品を排除したグルテンフリーの食生活を送るようになり、体調も回復したという。
なお、セルビアの実家はピザ屋であり、幼い頃から小麦製品に囲まれた生活であったこと、本人がパンなどが大好物であったことが発覚が遅れた原因の一つだったと分析している。のちに実家のピザ屋はグルテンフリーの料理を提供する店を展開するようになった。
この軌跡を記した著書『ジョコビッチの生まれ変わる食事』は、日本でもロングセラーとなっている。
なお、上記のエピソードや著書にも記されている通り代替医療やスピリチュアルに関心が高く、たびたび言及している。
※メディアによっては「小麦と卵の遅発性アレルギーだと診断された」、「グルテン不耐症」と紹介されており、本人の発言でも(翻訳によって)若干のブレがある。
余談
日本で彼の存在が知られるようになったのが、日本人初の男子テニスプレイヤー、グランドスラム制覇に手が届いた、全米オープンにおける錦織圭の準決勝戦での相手が彼だったからでもある。
頭角を現す前からものまねが得意であり、テニスプレイヤーに多いルーティン(試合前に行うゲン担ぎ、自己調整の習慣)を演じて笑いを取ったりもしていた(特に、仲のいいマルチナ・ヒンギスのモノマネが得意で、本人から失笑されていた)。一方、本人も他人からルーティンを真似たりされている。
外部リンク
発行元の『三五館』公式サイト内『ジョコビッチの生まれ変わる食事』紹介