十月維新
じゅうがついしん
1972年に行われた朴正煕による独裁化政治改革の名称。
概要
朝鮮語「10월유신」 英語「October Restoration」
1961年に5.16クーデターで権力を握り63年に大統領に就任した朴正煕が、金大中に票差で詰め寄られたことから、
1972/10/17の「大統領特別宣言」で北朝鮮の脅威を口実に国会解散や政党・政治集会等を中止し、独裁化を進めた一連の運動のこと。
この際に強行改正された憲法を「維新憲法」
1979/10/26の金戴圭による朴正煕の暗殺で、転換を求められるまで維新体制は続いた。
十月維新によって徹底的な報道規制と共に、民主化を求める運動や共産主義組織は反体制運動とされ、学生までもが弾圧の被害とあったが、
その一方で十月維新以後でも韓国の経済成長率は順調に伸びていった。
十月維新と名付けられたのは、日本の陸軍士官学校で学ぶ中で「昭和維新」の影響を受けたためと言われている。