概要
1930年代、昭和初期の日本で軍部日本軍や国家社会主義者、右翼などが中心となって展開された国家改造運動。由来は明治期に起きた近代化運動「明治維新」から。
日に日に悪化する社会状況を変革するため、既得権益層や天皇を利用する(というより"利用していたと考えられた")側近を打破し、天皇親政を実現することを目的とした。実際に多くの要人が暗殺されたり、クーデター計画が練られた。
しかし天皇親政を実現した後の計画は具体性に欠け、1936年の二・二六事件の失敗によって昭和維新は終了した。
背景
当時の日本は
- 金融恐慌・世界恐慌によって起こった大不況
- 凶作により子女の身売りが横行し、荒廃する農村
- 満州事変・日米関係悪化に代表される対外問題
- これらに有効な政策を打てないどころか失策を繰り返し、挙句の果てに財閥と癒着し、汚職が横行する政府
- 国民の生活を顧みずに政争に明け暮れる限界の見え始めた政党政治
- 不況においても自己の利益を追求して庶民の生活を圧迫する財閥と、それに伴い広がる格差
- 協調外交のツケとして軍事費が削減され、不満が高まる軍部
などとにかくひどい社会不安に陥っていた。
そんな中、停滞ところが悪化している社会を打破し、変革を唱える国家主義者が出現、民衆や軍部の支持を集めていった。彼らの思想は革新的な右翼、そして軍国主義であり、明治維新のように天皇を中心とする新たな国家体制を確立して強い日本を取り戻すことを訴えた。
代表的な思想家は『日本改造法案大綱』を著して議会政治による変革ではなくクーデターによる変革を主張して二・二六事件の思想的指導者となった北一輝、北の右腕として知られる西田税(にしだ みつぎ)、右翼政治結社「猶存社」を結成して数々の革新運動の首謀者として活動、終戦後はA級戦犯として起訴された大川周明(おおかわ しゅうめい)がいる。
加えて、昭和維新が起こった要因として重要なのが陸軍の派閥争いだ。
当時の軍部では統制派と皇道派の対立が起こっていた。どちらも「軍部主導の国家改造を行う!」というおおまかな目的は一致しているものの手段が全く違った。統制派が「軍や経済を規律で統制し、陸軍大臣などの従来の制度を利用して国家を総力戦体制へと移行する」というものだったのに対し、皇道派は「クーデターを起こしてでも天皇中心の体制を確立する!」というものだった。
ちなみに統制派のほとんどが陸軍大学校出身の幕](参謀本部で作戦を立案する中堅将校)なのに対し、皇道派はほとんどが陸軍大学校出身じゃない若手の隊付将校(実際に隊を指揮)と、何かと対立が多い。
統制派と皇道派の比較↓
統制派 | 皇道派 | |
---|---|---|
主要人物 | 永田鉄山 東条英機 | 真崎甚三郎 荒木貞夫 |
目的 | 軍・経済を統制して国家の総力戦体制移行 | クーデターを起こして天皇親政の確立 |
中心 | 陸軍大学校卒の中堅インテリエリート・幕僚 | 叩き上げの庶民寄りな若手隊付将校 |
基軸思想 | ドイツ参謀本部の思想 | 天皇中心の日本伝統思想 |
気質 | 軍備機械化など合理主義 | 精神論 |
対外路線 | 南進論(対米開戦) | 北進論(対ソ開戦) |
社会不安、革新的右翼思想の東条、陸軍の内部対立。これら3つが合わさって起こったものこそが「昭和維新」であった。
「昭和維新」と呼ばれる事件
- 浜口雄幸首相銃撃事件
金融恐慌で日本が不況に襲われる中、立憲民政党の浜口雄幸が首相に就任する。浜口は大蔵大臣に井上準之助を登用し、不況から脱却するため金本位制への復帰、緊縮財政を断行。しかし運悪くそれとほぼ同時に世界恐慌が発生してしまい、浜口の政策によって結果的にはさらに不況が深刻化した。
さらに協調外交の姿勢を見せ、ロンドン海軍軍縮条約に調印して海軍の予算を削減。このことが軍部や右翼、対立していた野党・政友会などから「天皇の統帥権を干犯しており、不敬だ」と非難され、問題化した。
1930年11月14日、「社会を不安におとしめ、天皇の統帥権を干犯した」という理由で右翼団体「愛国社」に属する青年、佐郷屋留雄(さごうや とめお)に浜口は東京駅で銃撃され、重傷を負った。一時は回復したものの、この傷が原因となって浜口は翌年8月に死亡した。
- 三月事件
1931年3月、陸軍大佐・橋本欣五郎が主宰した秘密結社「桜会」と大川周明など民間の国家主義者が計画したクーデター未遂事件。現政権を転覆させ、陸軍大将・宇垣一成が首班となる軍事政権を樹立させるはずだったが、計画がそもそもズサンだった上に宇垣が直前になって不参加を表明してグダグダのまま計画が露呈、失敗した。
しかし陸軍上層部にも関係者がいたことから政府は事件を隠蔽し、首謀者たちもお咎めなしとなる。
- 十月事件
1931年10月、陸軍大佐・橋本欣五郎が主宰した秘密結社「桜会」と大川周明など民間の国家主義者が(7ヶ月前の失敗に懲りずに)計画したクーデター未遂事件。現政権を転覆させ、(前回は宇垣が直前で日和ったので)陸軍中将・荒木貞夫が首班となる軍事政権を樹立させるはずだったが計画が漏洩、再び失敗した。
事件の失敗により桜会は解散することとなったが、この事件も一因となって当時の若槻礼次郎内閣が総辞職、後の改造運動にも影響を与えた。
- 血盟団事件
国家社会主義者であり日蓮宗の僧侶、井上日召率いる「血盟団」が1932年春に引き起こした事件。
国家改造を目的にスローガン「一人一殺」を掲げ、要人を襲撃。その結果、浜口内閣で大蔵大臣を務めた井上準之助と三井財閥の長である團琢磨が暗殺された。
井上は先述の濱口内閣の財政政策を担当し、世界恐慌の煽りを受けて日本経済がさらに壊滅的打撃を受ける原因を作ってしまったために襲撃を受けた。
1932年5月15日、国家改造運動の一環として海軍青年将校が首相官邸を襲撃。当時の内閣総理大臣、犬養毅が射殺された。翌日に犬養内閣は総辞職し、元海軍大将の斎藤実による内閣が成立。大正デモクラシー以来続いた政党政治は終わりを告げた。犬養が満州国の承認を渋ったことも襲撃の一因と考えられる。
なおこの時、日米関係を悪化させるために当時来日中だった喜劇王チャップリンの暗殺も計画されたが、未遂に終わった。
ちなみにこの事件にも大川がまたもや関わっており、実行犯に資金提供を行ったため逮捕され、有罪判決を受けた。
- 十一月事件(士官学校事件)
1934年11月、皇道派青年将校たちは陸軍士官学校の生徒を扇動し、彼らを実行犯としてクーデターを成し遂げようとしたが、計画が漏洩し失敗に終わった。密告したのは当時陸軍士官学校で教官を務めていた辻政信だと言われている。
しかし真相が不明な部分があり、皇道派を一掃するための統制派の陰謀だったのではないか?とする説もある。そしてこの事件に関わった青年将校たちは二年後、二・二六事件を主導する。
- 相沢事件
皇道派青年将校、相沢三郎は十一月事件や皇道派の首領・真崎甚三郎教育総監や荒木貞夫陸軍大臣の更迭が統制派による皇道派粛清であり、そしてこれらの事件の真の黒幕こそが統制派の中心人物、陸軍軍務局長・永田鉄山だと考えたのだ。
1935年8月12日、陸軍省にある永田の執務室を相沢が訪れ、永田を白昼堂々斬殺した。相沢は逮捕され、翌年7月に死刑が執行された。しかし永田の殺害に触発された皇道派青年将校たちはこの事件から半年後に大事件を引き起こすこととなる。
余談だが、事件後の調査に際して永田の死体にも検分が行われ、その遺体の写真は現在でも検索をかけると見ることができる。当然ではあるが傷の部分が痛々しいので閲覧注意。
1936年2月26日未明、皇道派青年将校達が「昭和維新」「尊皇斬奸」をスローガンに、兵士約1500人を率いて武装決起した。彼等の目的は天皇の権威を傘に来て暴虐の限りを尽くす「君側の奸(くんそくのかん)」を排除し、天皇親政を実現すること。
決起した青年将校達は首相官邸、各要人邸宅、警視庁、陸軍省、大手新聞社各社の本社を襲撃し、一時的に永田町や霞ヶ関、赤坂等日本の政治中枢を占領した。
この事件で襲撃を受けた岡田啓介首相は何とか首相官邸を脱出できたものの、高橋是清蔵相、斎藤実内大臣、渡辺錠太郎教育総監は殺害され、鈴木貫太郎侍従長は生死をさまよう重傷を負った。
陸軍首脳部は青年将校達に同情的で彼等の要求を飲もうとしたが、それに対し昭和天皇は激怒。「君側の奸」とはあくまで青年将校達の視点であり、昭和天皇からすれば自分の信頼する側近を多く殺されたに過ぎなかったのだ。
昭和天皇の激昂が一番の理由となりクーデターは鎮圧され、首謀者の青年将校達、そして事件に直接参加はしなかったが思想的に事件を主導したとして北一輝と西田税は銃殺刑に処された。
二・二六事件の失敗を以て、昭和維新は完全に終焉したのだ。
その後
二・二六事件の失敗により、昭和維新は終了。軍部から皇道派は完全に一掃され、派閥争いは統制派の勝利に終わった。しかし昭和維新が終了したからといって軍国主義・国家主義が消えたわけではなく、むしろ軍部がこれらの事件を通して影響力をさらに増す結果となった。
永田鉄山亡き後に統制派の中心となった東條英機は方針通り対米開戦を強硬に主張。海軍、世論も対米戦を望み、日本は最悪の戦争へと足を踏み入れていった…。
「昭和維新の歌」
後に五・一五事件に参加した海軍将校、三上卓(みかみ たく)の作詞・作曲で1930年に作られた曲。「青年日本の歌」とも。
勇壮なメロディと軍国主義を唄う歌詞が当時の社会不安からの脱却を願う世論とも合致し、軍歌として大ヒットした。
実は…
歌詞の大部分が大川周明の著作や土井晩翠の詩から無断で引用したものなのだ。まぁ著作権とかの概念も今ほど発達してなかったしね…。
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