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パクリ

ぱくり

パクリじゃない、影響を受けたんだ!(ラーメンズ)
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概要

パクリとは、他人のアイデアや作風を盗み取ることである。
つまり、意味合い的には『盗作』に近い(※盗作は「他人が作った作品を直接自分が作ったものとして発表する」の意味、パクリは「作品の材料のアイデアを盗む」のニュアンスが強い)。
語源は関西圏の方言である「盗む」を意味する【パクる】から。

類似語である『パロディ』がジョークとしての意味合いを踏襲しているのに対し、パクリの場合はほぼ作風やアイデアの盗用や類似に対する批判としての意味合いで使われる。


派生語に『パチる』/『パチモン』といったものがある。

批判としての意味合いが強いタグであり、一方的な決めつけによるトラブルを招きかねないため、パクリと思ったからと言って安易にタグ付けを行うのは慎むべきである。
疑わしいからと言って、証拠もないのにパクリと決め付けてはいけない。
(ただし、某将軍様の領国その隣の自称先進国4000年の歴史を持つやっちゃったぜ大国等の、やらかしているものがイラストの題材になっているものや、投稿者自身が敢えて意図的にやっている場合などにもこのタグが付く場合があるため、その部分に関しては注意が必要)

「盗作」「贋作」「剽窃」「模倣」「パロディ」「パスティーシュ」「オマージュ」「二番煎じ」etc………といった様々な言葉のイメージが混ぜこぜになって『パクリ』の一言になっていたりするため、言葉の上での食い違いにも注意が必要。

著作権上において

著作権法は「著作者の利益と権利を守るための法律」であり、他の著作者の利益を不当に奪ったり妨げることが罪になる可能性がある。贋作や海賊版の横行で著作者が儲からなくなって作品を作らなくなり創作文化が廃れてしまう。そうした事態を防ぐための法律が著作権である。

「オリジナリティの欠如」「二番煎じ」などの事例は、作品の質や作者の品格の問題にはなるかもしれないが、それは法律で規制すべきことではない。上述の通り、著作権そのものは作者の利益と権利を守るためのモノであり、作品の質や作者の姿勢においてまで法律の規制が及んだ場合、創作文化の委縮に繋がる恐れが高まってしまう。


著作権という概念においては「アイデアや設定が被った」という事例が問題視されやすいが、著作権上は「形として膨らませる前の段階のアイデア・物語の大まかなプロット・設定」等は保護の対象にはならないため、安易なパクリ呼ばわりも決して肯定される行為ではない。
ここまで厳密に規制してしまうと、極端な話、「誰も何も作れない」。
それどころか、過去から現在に至るまでの全ての創作活動に携わる人間が「犯罪者」ということになってしまう。

それ以前の問題として、何の作品を持って「唯一無二のオリジナル=アイデアの起源」とするのか、ということまで考えなくてはならなくなるわけで、そんなことはハッキリ言ってナンセンスである。物語の筋書きのパターンでさえ、世界中の民族が語り継ぎ伝承してきた様々な民話や神話の中で形作られたものであり、今の時代に作られている小説やアニメなどのストーリーのほとんどがそのパターンに集約されてしまうのだから、星の数ほどの物語やキャラクターが生み出されている昨今、アイデアやプロット、設定程度ならば容易に被ってしまいうる。

「技術を(目で)盗む」という言葉自体がどうしてもイメージの悪さを内包してしまうが、「相手の良いところを自分の作品に取り入れる」という意味での盗みであれば、技術の研鑽の上で誰でも経験していることであり、その過程で何かしら既存の作品に似てしまうことも普通に起きることである。無から有は生まれない。

第一に、日本国内の法律で「著作権は親告罪」とされている以上、どんなに著作権侵害が疑われていても、盗作被害にあった疑いのある側が自ら訴えを起こし、裁判所から侵害が認定されない限り罪には問われない。
つまりは、第三者がどれだけ疑惑の本人を責めたところでなんの解決にもならないのである。

そもそもの話し、著作権はその目標である文化の発展のために模倣を禁止してはいないし、
著作権の大原則「アイデア自由の原則」においては、アイデアと著作権保護が相反した場合アイデアが優先される。ぶっちゃけてしまえば、著作権で保護されないアイデアを真似ても著作権侵害に問われることはない。
要は「類似したアイデアを、単なる模倣にならないよういかに差別化して表現するか」という問題になってくるのだ。ここは、創作者としての姿勢と創作技術の手腕が大きく問われるところである、

また、漫画にしろ小説にしろアニメにしろ、既存の作品フォーマットや表現ジャンルを踏まえるということは、ごくごく当たり前に行われていることである。
これ自体をパクリとした場合、
現在のストーリー漫画の形を確立したのは手塚治虫なのだから、彼以後に描かれたストーリー漫画はすべてパクリ」とか、「横スクロールアクションの先駆作はスーパーマリオブラザーズなのだからそれ以降に作られた横スクロールアクションゲームはすべてパクリ」などのように、ジャンルの発展を妨げかねない極論になってしまい、著作権の概念を否定することになってしまう。

法律について無知なまま「著作権」という言葉を御旗のようにふりかざし、相手を一方的に攻撃するようなことは断じてあってはならない。

総括

「パクリが悪い行為」とみなされるのは「相手の作品の良いところを吸収して自分の作品として昇華していく」という創作者にとって欠かせない姿勢やプライドもないままに、
盗んだ作品を利用して自分の実績であるかのように振る舞うこと」に対する批判からきている。
創作活動をする側は影響を受けた作品に対する敬意を常に忘れないようにし、受けた影響を自分の個性と作風に昇華できるよう、謙虚かつ誠実な姿勢で創作活動に励んでいこう。

アーティストの言葉

小説家のジョナサン・レセムがこんなことを言っている。
「何かを''オリジナル''と呼ぶ奴は、十中八九、元ネタを知らないだけなんだ」

一流のアーティストなら、無から生まれるものなんて何もないと知っている。100パーセント''オリジナル''なものなんてないんだ

(中略)

「オリジナルでなければ」という肩の荷を下ろせば、僕たちはもう無から何かを作ろうなんて思わなくなる。他人の影響を避けようとするんじゃなくて、受け入れられるようになるんだ。
(オースティン・クレオン著「クリエイティヴの授業”君が造るべきものをつくれるようになるために”」15-16頁より引用)

余談

たまに作家は、「自分の作品が同時期の作品と偶然被っていた為、設定を少し変えた」と発言していることがある(星新一の「ボッコちゃん」が「ダッコちゃん」ブームに合わせて、タイトルを変えて発表したケースなどが有名である)。好きな萌え要素がマイナーだったり、求めている作品に近い作品として店に並んでいる作品や人から紹介された作品が理想と違う作品ばかりで悩んでいる人も多い。

また、アニメや漫画の二次創作では原作クラッシャー二次創作カップリングキャラ崩壊メアリー・スーなどがよくあるのを見れば、他人が考えた設定を丸ごとコピーするのは楽しくもなんともなく、好きな設定を一から設定したり、ありがちな設定を使いつつも、細部で個性を出すほうが方が楽なのに気付くだろう。一部が違えば全体も違う印象になるのだから。(これが一次創作と二次創作の線引きの弱点でもある)

棲み分けの意識がある作家が多いので、第三者が指摘するまでもないのである。
作者が公式で「モデルは版権キャラ」と発表しているケースもあり、堂々と一次著作物として発表できるのはキャラクターメイキングの基本骨子が共通しているが元ネタと似ていてもオリジナルになっているのを意味している。
作者が「モデルは版権キャラ」と発言しているのに、読者に「別の版権キャラがモデルだと思った」と言われることもある(作者のイメージと読者のイメージが一致するとは限らない)。

「登場していた作品が完結した」「二次元のキャラクターに恋をしてしまった」「実体験を描く感覚ではなく、架空のキャラになりきってごっこ遊びをする感覚やTVゲームの主人公に自己投影する感覚で話を描きたい」「二次創作は原作ファンを敵に回すことや人の褌で相撲を取る行為扱いされることがある為、好きな作品のモドキ作品(一次創作)で二次創作に似たことをやりたい」「パラレル二次創作では出来る事に限りがある」「原作と原作の作った作者の存在がなければ自分の好きなものも成り立っていなかったと言ったって限度がある」という理由で、お気に入りの版権キャラをモチーフにする人もおり、最終回を迎えた作品の終わりを惜しんで自力で同じ作品属性の作品を同人などで作る人もいる。
物語の起承転結、被写体のデフォルメの仕方、漫符コマ割りメタファーメッセージファンタジー設定の盛り込み方、アンチテーゼの法則、話の筋の通し方などの、現実を見ただけでは身に付かない、作品を見ないと身に付かない技術を身に着ける為に、現実ではなく作品を参考にする人もいる。
主にリョナ調教断髪ポストアポカリプス鬱展開など人を選ぶ要素が存在している、バッドエンド(ないしバッドエンドのような終わり方)を迎えた作品、敗北ヒロインの人気が高い作品などに対して「自分に似てて感情移入しやすいキャラが主人公じゃなかった」「好きなカップルが作中で結ばれなかった」「キャラ、舞台などは好みだが、主題や展開が好みじゃなかった」「好きな属性のキャラをかませ犬にする展開を描かれた」「最初は好きな展開だったのに、途中で嫌いな展開になってしまった」という不満を抱いていて、作り手への敬意や感謝より別の何かを優先した人々が葛藤と貯め込んだ不満の末にオリジナリティ度外視で自分の好みに合う作品を作り上げたり、絵描きの絵柄変化についていけない人が望む絵柄を自力で身に着けようとするといった事もまれによくある話で、他人に迷惑や負担をかけずに自分の望みを叶える為にはオリジナリティを度外視した創作をするしかないという境遇の者(現在進行形のやかつての厨を含む)も多い。

ネットで気に入らない作品、気に入らない作者の作品を(人気への私怨などから)よくある表現と結び付けてパクリと呼称するケースがあるが、誤用である。
「作品を作る為に作品を見る」「作品を作る為に他人にアドバイスを貰う」「作品を作る為に他人にアシスタントしてもらう」と発言している人にパクリ、遊んでばかりいる怠け者と呼称する誤用もある(本当は感化ふとしたきっかけによる技術力のアップを阻止しているケース、気に入らない作者に無理を強いているケースが多い)。
作者の独創的なアイデアに浴びせる自己投影自慰公私混同ニッチB専デブ専知識の使い間違い主題と関係ないシーンを描くな(※主題は作者が決めるものである。ルールが決まっている雑誌に載ってる漫画ならまだしも、そうじゃない同人漫画、ましてや、特殊嗜好じゃない描写ならなおさらである。感情論をゴリ押しする批判者に読者全員の代表を名乗る資格もない。)」といったパクリ認定と真逆の意味の罵倒語もあり、既視感があっても独創性があっても、どっちみち批判されるのが分かるだろう。
真のパクラーは何かを参考にして作品を作る作業すらせず、現実世界で富や名声に繋がる版権報酬人脈などを狙っている人、それらを手に入れようとしている人を妬んで引きずり下ろそうとする人でしかないのである。
創作者としてオリジナリティや敬意や感謝よりも大切なものに気付いた人やなどからの叩き上げの作者と、ただ近くにいる人が(ご本人がスポーツマンであれ、クリエイターであれ)チヤホヤされるのが気に入らない人の違いはお分かりいただけるだろうか

創作の世界では、過去に幾度かトレパク事件、パクリ発覚による受賞取り消し事件、ゴーストライター事件等が頻発しており、インターネットの影響でラレ元がマイナー作品でも即バレることが多く、できた作品が前述の黄色いガンダムのような残念な出来のものが多く、検索すればおおよそのイメージが掴める(ちなみにこんな感じ)が、オリジナリティを度外視した創作やキャラクターとも、感化を批判する人が想像しているものとも別物なのが分かるだろう。

関連タグ

被り パロディ オマージュ
感化 影響 インスパイア
偽物 パチモン バッタモン 紛い物
トレパク 無断転載 偽造
剽窃 ○○は××のパクリ カップやきそば現象 モドキキャラ

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