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チャップリン

ちゃっぷりん

イギリスの映画俳優・映画監督・脚本家・映画プロデューサー。(Charles Chaplin)(1889~1977)
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フルネーム:チャールズ・スペンサー・チャップリン(Charles Spencer Chaplin)。
俳優としては「チャールズ・チャップリン」の他に「チャーリー・チャップリン(Charlie Chaplin)」名義を用いる。
「喜劇王」とも呼ばれ、バスター・キートン、ハロルド・ロイドと並び「世界三大喜劇王」と称される。

概要

1889年、イギリスロンドンで生まれる。

幼い頃に苦労しながらも劇団に参加して演技の経験を積み、1914年に映画デビューする。
山高帽ちょびひげ・窮屈な上着・だぶだぶのズボンステッキ・ぶかぶかの靴(ドタ靴)」という「浮浪者チャーリー」のキャラクターが大ウケし、以降コメディアンとしての揺るぎない地位を確立。映画監督としても数々の名作を発表した。

人物

俳優としては、コミカルな動きで笑いを呼ぶパントマイムが得意。監督としては、貧困層や病人などの弱者の悲哀と社会に対する風刺が盛り込まれているものが多く、悲劇と喜劇が表裏一体となった作風が持ち味である。

共産党のシンパだったが「大物すぎて敵に回すのは得策ではない」という判断から、第二次世界大戦後のハリウッドに吹き荒れた赤狩りの聴聞会への召喚は免れている。しかしながら『ライムライト』(1952)のプレミアのためイギリスに渡った際に再入国を拒否され、追放処分となった。
再びアメリカの地を踏んだのはそれから20年後、1972年アカデミー賞名誉賞の授与となる。1975年にナイトに叙され「サー」の称号を得た。

素顔はメイクを施した姿からは想像できないほどのイケメン。華やかな女性遍歴で知られているが、「ハリウッドの標準としては慎ましやかなものだった」ともいう。結婚相手の3人が十代であったことから「小児科医」というあだ名もあったが、25歳以上の女性とも交際しており、ロリコン説は憶測にすぎない。最初の3人の妻との結婚生活は長く続かず、相手の母親から多額の慰謝料をふっかけられるなどの波乱続きだった。最後の妻となったウーナ・オニールとの関係は円満なものとなり、3男5女の計8人の子をなしたのち、1977年の自身の死まで連れ添うこととなった。

主な作品

  • 『黄金狂時代(The Gold Rush)』
  • 『街の灯(City Lights)』
  • 『モダン・タイムス(Modern Times)』
  • 『独裁者(The Great Dictator)』
  • 『殺人狂時代(Monsieur Verdoux)』
  • 『ライムライト(Limelight)』
  • 『犬の生活(A Dog's Life)』
  • 『キッド(The Kid)』


親日家

大の親日家として有名であり、彼の使用人は全員日本人で構成され、映画で使用していたステッキなどの小道具も日本製という筋金入りであったのは非常に有名な話である。大正時代の頃から日本では、「変凹君」「アルコール先生」という愛称でとても親しまれていた。これは当時の日本人にはチャップリンの名が発音しにくかったため、配給会社があだ名での紹介をしたためで、酔いどれ役 も多かったことからそのように呼ばれていた。

日本における人気も高く、度々来日していたが、そのせいで危うく五・一五事件のターゲットになりかけたこともある。
当時青年将校からは、映画は「退廃的な文化」として嫌われており、その旗手たるチャップリンも憎悪の対象だったのである。
まさに事件当日に犬養毅首相と会談を行う予定であったが、これが17日に変更されたことで難を逃れた。

関連タグ

俳優 映画監督 映画 喜劇 チャールズ・チャップリン
ロバート・ダウニー・Jr.…伝記映画「チャーリー」でチャップリンを演じアカデミー賞にノミネートされた。

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