JR西日本が運営する路線で、山陽本線の兵庫駅と和田岬駅を結んでいる。正式名称はあくまで山陽本線で、その支線であり、通称として和田岬線が使われている。
貨物路線として1890年に開業し、旅客路線としては1911年に開業している。長らく沿線工場への足として活用されてきたが、その特徴は列車が朝夕の通勤時間帯にしか運行していないことであり、工場が休業する日曜にはわずかに2往復となっている。
使用車両も20世紀中は大都市圏の路線としては特異とも言える光景が展開されていた。JR化直後までは客車(しかもいわゆる「旧客」で、座席が大半撤去され扉も片側しかついていないという珍車)がディーゼル機関車が前後について(和田岬駅に機回し線が無いため)牽引していたが、1990年にキハ35系気動車(こちらも非常用にホームと反対側の中央以外のドアが撤去されていた。)に置き換えられた。関西の3大都市圏内で最後まで非電化路線として残ったが、これも2001年にようやく電化され103系が使用されているが、朝夕のみという運用は長年変わりない。
開業当初の主目的である貨物運用は既になくなったが、形式的には兵庫駅構内に繋がっているという状態で、川崎重工で製造された鉄道車両が搬入され、和田岬線を経由して、全国に輸送されているので、和田岬線を走ったことのある車両は実は多岐に渡っている。
和田岬駅には神戸市営地下鉄海岸線がアクセスしており、こちらは一日中運転している。2001年の同線開業時には「開業に合わせて和田岬線は廃止されるのでは?」(ここに限らず地下鉄開業で、並行する鉄道線が廃止という例は数多い)という声もあったが、同年に電化されたこともあり、併存して存続となっている(ただし開業による影響は小さくなく、和田岬線は乗客を減らしている)。
2010年には、途中にある兵庫運河を軸に沿線を観光地化したい神戸市から廃止の提案が出されており(それによれば2012年には廃止する方向になっていた)、動向が注目されている。市営地下鉄海岸線は長年利用客が伸び悩んでおり、神戸市による和田岬線廃止の提案も赤字解消を狙ったものであるとの指摘がある。市は2012年度に、廃止を視野に入れた地域活性化策をまとめたが、和田岬線の将来について結論を出すことは出来なかった(意見公募では存続もしくは産業遺産として活用する意見が10以上寄せられたのに対し、廃止・遊歩道化を前提とした意見は2つしかなかった)。乗り換え駅である兵庫駅周辺の商店街は廃止反対の立場であり、JR西日本も「和田岬線廃止は地元の総意を条件に検討する」としつつ「和田岬線は黒字路線であり、廃止する理由はない」とコメントしている。
なお兵庫運河を渡る橋は、鉄道橋としては日本で唯一の旋回式可動橋である。