概要
そもそも名称からしてフグを意味するTetraodontidae+毒を意味するToxin、つまり
「フグ毒」そのものである。
属性的にはアルカロイド系の毒素である。
ここで「おい待て、アルカロイドって植物の毒じゃないのか?」と気づいたあなたは正しい。
…が、その話は次の項目で。
なんでフグがアルカロイド系の毒素を?
先述の通りTTXは植物系の毒である、アルカロイド系の毒素だ。
なんで魚という動物のフグが植物系の毒であるTTXなんぞを持っているのか?
……実はフグは体内でTTXを生産しているわけではない。
TTXを実際に生産しているのは、海水中に存在する細菌類(ビブリオ菌など)である。
TTXを生産する細菌類がプランクトンの餌となり、さらにそのプランクトンが貝や小魚の餌となり、その貝や小魚がフグの餌となり…を繰り返すことにより、フグの体内に高濃度のTTXが蓄積されるというプロセスでフグが毒化する。(これを生物濃縮と呼ぶ)
言い方を変えれば、TTXを生産する細菌がいない環境なら無毒のフグを作ることも可能である。
これを利用し、殺菌された海水と人工餌を使って無毒のフグを育成する試みも行われている。
どうやって効くの?
TTXは神経上に存在するイオンチャネル(ナトリウムチャネル)に作用し、動作を妨害することで毒性を発揮する。
イオンチャネルは乱暴に言えば神経内の情報伝達を司るスイッチのようなものである。
ここにイオンが入り込むことにより、情報が神経内を伝わり、最終的に筋肉に対して「動け」という指令が伝達される。言い方を変えればこのイオンチャネルが何らかの原因で動作不良に陥ると、正常に神経や筋肉を動かすことができなくなる。
TTXはまさにこの部分に作用する。
そのため、軽度の中毒では手や足先が軽くしびれたり、呂律が回らない程度で済んだりするが、重症になると呼吸中枢の神経が停止し、さらに横隔膜などの呼吸を司る筋肉の動きが阻害され、最終的には窒息死してしまう。
一方、「心臓の筋肉にTTXが作用したら…」と恐れる人もいるかもしれないが、心臓部にはTTXの作用部位は少ないらしいので、TTXで心臓が停止することはあまりないとのこと。
また、TTXはあくまで遅行性の神経毒であるため、推理モノの漫画やドラマなどで、毒物としてTTXを盛られた人物が派手に血を吐いて卒倒するシーンなどは、薬理学的には間違った描写である。
解毒方法は?
ありません。
万が一TTXにやられたら、人工呼吸などで生命維持をしながら患者の体内からTTXが代謝されるのを待つしかありません。
十数時間以上耐えなければならないそうだが、幸か不幸か、TTXは神経細胞そのものを破壊する作用はないため、助かれば後遺症が残らないだけ毒の中ではマシな方なのかもしれない……。
なお民間療法で、フグに中ったら首から下を砂に埋めるというものが存在する。この療法を実践したところで、テトロドトキシンは身体から排出されることはないが、あながち間違いとはいい切れず、砂の重さで胸部を圧迫し、横隔膜の僅かな動きで細々と呼吸を継続させる。その間に解毒されれば助かるというもの。
石川名物のあれって・・・
ここで石川県の方からツッコミが入るかもしれない。
「おい、石川県にはフグの卵巣の糠漬けってものがあるぞ。あれはフグの中でもトップクラスにヤバイ卵巣を使っているんだが……」と。
確かにフグの卵巣は、フグの中でも上位に位置するTTXの巣窟だ。
普通はこんな危険な部位は廃棄処分にする。そもそもTTXは熱ごときじゃ分解しないため、文字通り「煮ても焼いても食えない」のだ。
でもそんな危険な卵巣を糠漬けにして食べる(しかも非常に美味い)。先ほど「解毒方法は無い」と書いたのに、一体どういうことなのか。
あろうことか一部の食通は、前述の手先の軽いしびれまで「楽しんで」しまうというのだから、一般人からすれば絶句モノだ。
……正直に言おう。
まだ全然、糠漬けにするとTTXが消える理屈とか原理とかいうものがわかっていないのである。
「最初の塩漬けの時に脂肪と一緒に排出される」とか、「ぬか床にTTXを分解する微生物が潜んでいる」とかいろいろな仮説があるけど、決定的な解答はまだ見つかっていない。
解明したらノーベル賞くらいは取れるかもしれない。
TTXを保有する生物
- 細菌(ビブリオ菌など)
- 生産者。いわゆる「全ての元凶」
- ボウシュウボラ(巻貝)
- スベスベマンジュウガニ
- TTX以外にも「サキシトキシン」という毒素も保有している。
- ヤムシ
- ヒョウモンダコ
- 噛むことで相手の体内にTTXを注入する。絶対に触らないように。
- フグ
- ヒラムシの一部
- イモリ
- こいつらを黒焼きにしても媚薬にはならない。命が危ない。