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上原浩治の編集履歴

2019-05-20 09:49:16 バージョン

上原浩治

うえはらこうじ

読売ジャイアンツに所属している「雑草魂」のピッチャーである。

概要

所属読売ジャイアンツ(11)
出身大阪府寝屋川市
出身校東海大仰星高校(大阪)-大阪体育大学
生年月日1975年4月3日
身長・体重188cm、89kg
投球・打撃右投右打
守備位置投手
プロ入り1999年ドラフト1位

大阪府出身のプロ野球選手。座右の銘は「雑草魂」。なお「雑草魂」は、同じ年に西武へ入団した松坂大輔の「リベンジ」と共に、1999年に流行語大賞に選ばれている。


1998年ドラフト1位で読売ジャイアンツを逆指名して入団、背番号は「19」となった。

翌年1999年、1年目で20勝を挙げる活躍を挙げる。20勝目がかかっていた10月5日には、ロベルト・ぺタジーニを敬遠し、勝負できない悔しさからマウンドを蹴り、涙を流した。

その後も読売ジャイアンツの先発投手として、球界を代表する投手として活躍。国際野球に至っては無敗を誇った。


2008年にFA権を取得し、オフに行使。翌年2009年にボルチモア・オリオールズと2年契約を結ぶ。2010年にはクローザーとしての活躍が評価され、再契約に合意した。


2011年にテキサス・レンジャーズに移籍、当初は先発投手として期待された。


2013年にボストン・レッドソックスへ移籍。クローザーとして開幕から注目され、5月にはハイタッチを扱ったCMも登場。そしてア・リーグ優勝決定戦でMVPに選ばれた。ワールドシリーズでも歴代最多タイの7セーブを挙げ、世界一に貢献した。


2017年はシカゴ・カブスでプレー。49試合に登板したが、単年契約であることと年齢面からオフにFAとなった。このシーズンオフはMLBではFA市場が停滞しており、オファーがなければ引退することも考えていたが、2018年に古巣の読売ジャイアンツの一員として日本球界へ復帰。

2018年7月20日の広島戦で史上二人目となる100勝100セーブ100ホールドを記録

シーズンオフ後の10月、左ひざのクリーリング手術を行い、2019年シーズンは自由契約を経て巨人と再契約するも、開幕後は1軍での登板が無く、2軍での登板も本来の球威を取りもどせず。

5月19日、シーズン途中での引退を表明した。


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