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治金丸の編集履歴

2020-01-24 21:15:25 バージョン

治金丸

じがねまる

琉球国王尚家に伝来した三振りの宝剣の一つ。脇差。

曖昧さ回避


概要

琉球国王尚家伝来の刀剣。

名称は「黒漆脇差拵(号 治金丸)」


現在は那覇市歴史博物館所蔵。


伝説

「治金丸宝刀ノ由来」という書によれば、宮古島の豪族仲宗根豊見親(なかそねとぅゆみやぁ)が、大永2年(1522年)に尚真王へ、八重山諸島(あるいは先島諸島全域)平定の慶賀として献上したという。また、王は刀身に異変(錆か刃こぼれか)が見られたため阿波根(読みはあはごん。沖縄空手の始祖と言われている。)に命じて、この刀を京の研ぎ師に研がせたが、研ぎ師は偽物にすり替えて渡した。王妃は最初に預ける前にその刀身の特徴を写し取っており、これが偽物であることに気づき、それを指摘された王は奪還を命じた。阿波根は再び京都に戻り、3年の月日をかけてついに取り戻したという。これより阿波根は、「京阿波根」と呼ばれるようになった。 琉球の正史である『球陽』にも、治金丸の伝来について以下の記述がある。宮古島平良の北に、轟音と共に閃光が現れ、翌朝に仲宗根豊見親がその場所でこの宝剣を見出した。これを得て以来、禍にあうことなく、伝家の宝としたが、凡愚の所有するものではないと(1522年に)中山王に献上した。ところがその帰りに難破して多くの死傷者を出したという。


関連タグ

日本刀 刀剣  脇差

琉球王国 沖縄県

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耳切坊主

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