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森祇晶の編集履歴

2011-12-30 19:54:31 バージョン

森祇晶

もりまさあき

元プロ野球選手。現役時代は巨人のV9を支えた名捕手。現役引退後は複数の球団コーチを歴任後、1986年から西武の監督に就任。1994年の引退までの間リーグ優勝8回、日本一6回の西武黄金期を打ち立てた。

概要

本名「森昌彦」。1955年に読売ジャイアンツへ入団。現役時代はV9時代の正捕手として活躍し、配球の緻密さや記憶力の高さなどから「V9の頭脳」の異名で呼ばれた。その間に当時、南海ホークスの捕手であった野村克也と知り合う。野村とは現役~監督時代を通して所属が重なることはなかったが、徹夜で野球のことを語り合うなど盟友的な関係となった。


1974年に現役を引退後は野球解説者の期間を挟みながら、ジャイアンツの先輩であった広岡達朗と行動を共にし、ヤクルト西武ライオンズのコーチを歴任。その間、広岡の管理野球を支える立場にあった。


1984年中に広岡との仲が悪くなり、コーチを辞任。一度解説者に戻るが、1986年に広岡の後任の監督として西武に再び所属することとなった。それ以降は1994年までにリーグ優勝8回、日本一6回の西武黄金時代を打ち立てた。


なお、2001年に横浜ベイスターズの監督となったが2002年に最下位となり辞任。チームも暗黒時代に突入したため横浜森監督時代はファン・球団・本人ともに黒歴史な模様。

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