概要
1982年から2019年まで(海外では2021年まで)一般販売された。
初代はレンジローバーやジープ・チェロキーなどの海外のSUVから刺激を受けて開発され、「銀座もそのまま走れるジープ」というコンセプトで、どちらかというと街乗りも重視されて開発されたRV(当時のSUVの呼び方)であった。
発売当時は第2次オイルショック後の石油価格高騰下にあり、ハイパワー車としての燃費の悪さなどもあって好調な販売につながらなかった。
しかし1985年ごろから事態の沈静化で爆発的に売れ行きを伸ばし、結果としてバブル期のRV車ブームの火付け役となる。
パジェロは1985年にパリ-ダカール・ラリーを日本車として初めて制覇していたことも良い宣伝材料となり、当時の覇権車だったトヨタ・カローラを破って国内新車月間販売台数1位も記録するほどに販売台数を伸ばした。
こうした人気ぶりに、三菱は岐阜県坂祝町の工場を買い取って、子会社の「パジェロ製造」を設立するほどにパジェロに投資した。
パジェロはホモロゲーションモデルとも言える「パジェロエボリューション」発売して引き続きパリダカへの挑戦を続けており、2001年の第23回大会から2007年の第29回大会まで7連覇という圧倒的な強さを誇った。
また日本人ドライバーの篠塚建次郎と増岡浩も総合優勝を達成するなど、黄金時代を築いた。全メーカー1位の12回の優勝記録は全てパジェロによってなされたものである。
しかしRVブームが一段落し平成不況が長期化すると販売台数は徐々に減少。
加えて三菱自動車の業績悪化や道路運送車両法改正による新基準などの影響で、テコ入れや宣伝はされなくなり、00年代後半から再び盛り上がり始めたSUVブームの中でも人々から忘れられるようになっていった。
パリダカでも2008年からパジェロはベース車両から降ろされ、ランサーへと切り替えられてしまっている(同年末で撤退)。
2021年7月上旬をもって約40年の一般販売の歴史にひっそりと幕を下ろした。
パジェロ製造も大王製紙に売却されたが、パジェロをベースとした陸上自衛隊向けの「73式小型トラック」(「1/2tトラック」)は三菱自動車の別工場に移管されて生産が続けられている。