警告:この項目は最新巻のネタバレがあります。
一部キャラクターの印象が大幅に変わる衝撃的な内容ですので御一読の際には十分ご注意下さい。
概要
事の始まりは、週刊少年チャンピオンにて連載されているギャグ漫画作品「吸血鬼すぐ死ぬ」にて2022年9月1日号に掲載された「第302死 みんなで地獄でダンシング♡」である。
この回は、本来の主人公コンビであるドラルクとロナルドではなく、本作品の裏主人公的立ち位置である危険度Aオーバーの高等吸血鬼であった辻斬りナギリと、警官時代にナギリに襲われて以来、打倒ナギリを掲げて彼を追う吸血鬼対策課の熱血隊員ケイ・カンタロウのコンビを主体とした話であり、「〆切間近で狂っていた神在月シンジの仕事場に偶然居合わせたナギリとカンタロウが「神在月の仕事を手伝う」という名目で漫画家お仕事体験をする」という内容であった。
このコンビ、カンタロウは作中ナギリの正体に気づいておらず、親切な情報提供者「辻田さん」としてナギリを日々辻斬り捜査に連れ回しては疲弊させる...というギャグ展開が毎回のお馴染みであり、前日に予告されていた302死のチラ見せでもいつものようにギャグ展開を想像させるような描写になっていた。
...しかし、いざ読んでみるとラスト4頁でギャグ漫画らしからぬとんでもない展開が待っていたのである。
その内容
事の発端は、神在月の手伝いを終えて2人が帰路に着いた時である。
「丸(ジョン)を取り戻す計画を邪魔された」と1人苛立つナギリであったが、カンタロウは神在月宅での漫画家体験を「一度拝見したかった」「楽しかった」「貴重な体験だった」と語り、こう続けた。
カンタロウ「実は本官、昔は漫画家になるのが夢だったのです!警察に入ったのは、貯金のための腰掛けだったくらいで!」
それを聞いたナギリは「お前みたいなバカが!?」「さっきも(まともな線も引けず)ただの置物だったろうが」と驚愕するが、これを機にカンタロウが警察をやめ、これ以上自分を追いかけてこないようにと「夢を追うのは大事だ!今すぐ警察を辞して目指せ!なっ!」と彼の肩を掴んで漫画家になる夢を後押しするが...
カンタロウ「あぁいえ、もう漫画家になる気はありませんので!」
「辻斬りに斬られたあの夜以来!
描きたいものなど何一つ無くなりましたので‼︎
かつての軟弱な本官はもはやおりません‼︎
辻斬り逮捕こそ本官の使命となったのでありますからしてーーー‼︎」
何一つ知らないカンタロウからすれば「打倒凶悪犯」という使命に燃えるいち警察官の他愛ない与太話のつもりだったのだろう。
しかし見開き1頁丸々使ってのこの台詞。(「吸血鬼すぐ死ぬ」作中内での初の見開きページであった)
さらに衝撃なのはこの時、辻斬りナギリによって「夢を奪われた」という事実をカンタロウは悲しむことも怒ることも嘆くこともせず、まるで幸せすら感じているような満面の笑顔を浮かべてナギリにこう返答したのである。
加えてカンタロウの後ろの背景には、やけに明るい太陽のトーン、警察や辻斬り関連のアイテム、カンタロウの手をイメージした指差しが散りばめられており、かつて追いかけていた夢であった漫画家要素は一切入っていなかった。
そして指差しの1つはコマを超えてナギリの方向へと向いていたのだった。
カンタロウの衝撃的な台詞、それとは真逆な彼の満面の笑顔、背後に描かれた異質な背景。明らかに「ナギリに斬られたトラウマ(あるいはナギリの能力により忘却したのか)により精神崩壊を起こして今に至っている」と見れる描写であった。
あまりの事に直前まで「早くコイツを追っ払おう」と焦燥していた表情が凍りつき、呆然とするナギリ。
早速辻斬り捜査を続けようとする笑顔のカンタロウ。ナギリはそんなカンタロウの元を離れ、神在月に貰った漫画のアシスタント代を捨てて路地裏に去る。
恵まれなかった幼少期、路地裏で謎の吸血鬼によって同意なく吸血鬼にされてしまい、辻斬りとして生きることになった日々、そして現在。
誰かからの愛情を知らずに育ち、自己の「覚えてもらいたい」という欲求のため、そして食べ物である血を摂取するために人間を「食いカス」と見做し続け、斬りつけ続けていたナギリ。
しかし、カンタロウや神在月達との出会いによって自身が吸血鬼に襲われる前に抱いていた「退治人になる」という夢を思い出した中、自分が幼少期に路地裏の吸血鬼によって「退治人になる夢」を奪われたように、ナギリ自身も同じようにカンタロウの「漫画家になる夢」を奪ってしまったこと、「軟弱だった本来のカンタロウの人格」まで壊してしまったこと、そしてカンタロウの「漫画家になる夢」を自分がアシスタントとして横取りしてしまっていたことに気づき、初めて自身が犯した罪と罪悪感に駆られてしまう。
退治人を夢見ていた幼少期の自分、「なりたいものや、やりたいことがあるのって、それだけで大事な事だと思うから」という数刻前の神在月の言葉、自身に襲われずに漫画家になったカンタロウの姿を思い浮かべ、(この時肝心のカンタロウの目は真っ黒に塗りつぶされている)動揺と絶望のあまり、暗闇の路地裏の中で嘔吐した場面で302死は幕を閉じた。
そしてこのエピソードをきっかけに、ナギリは己の辻斬りとしての在り方と己の罪悪感の間で葛藤するようになる……
「……おえっ……」
反響
302死掲載後、いつものギャグ漫画だと思い込んでいた読者層はそのあまりに重すぎる真実と展開に動揺し、「これ本当にギャグ漫画?」「救いがない」と絶望する人々が続出。Twitterのトレンドには「ギャグ漫画」「カンタロウ」の2つの単語がトレンドに上がる程の騒ぎを起こした。
加えて、今までのカンタロウの破天荒かつメチャクチャな言動も今回出された「カンタロウは精神崩壊を起こしてメチャクチャマンになった」という事実を知るとカンタロウのギャグシーンをギャグとして見れなくなってしまうため、「これからアニメでカンタロウやナギリが登場した時にどういう目で見たらいいのか」とこの先放映される2期の視聴に対して嘆く人も少なくなく、実際にアニメ2期で2人が再登場した際も2人のギャグエピソードを笑顔で見れないファンが出始めるという多大な影響を残した。
今回の件で何より異質だった点はギャグ漫画でこの様な地獄展開が展開された事実である。
元々本作においては下ネタやパロディネタ満載のギャグ展開の中、キャラクターの背景にはギャグ漫画らしからぬ重い過去が匂わせ程度で描写されている事が多い。しかし、精神崩壊というここまで重い展開を本編で公開されるのは初の事であった。
思えばあれだけ熱心に仕事しているにもかかわらず、他の吸対がそこかしこに出没する吸血鬼(それこそナギリのような一介の吸血鬼よりもずっとタチが悪そうな個体)を相手取る中で彼だけ狙いが足すら掴めていないナギリ一人にしかいっておらず、また手配中の凶悪犯とはいえナギリに対して異常なまでに危険視している。
その点からも彼のナギリに対する執着と異常性は既に兆候を見せていたのだろう。
余談だが、作者である盆ノ木至先生は「吸血鬼すぐ死ぬ」掲載前にpixivに投稿したとあるホラーゲームの二次創作作品においてとんでもなく重いシリアス展開を描いている。今回の話で先生の本領が発揮されたと言うべきだろうか。