「わたし…… 残酷ですわよ」
概要
短編集「ゴージャス★アイリン」に収録されている。
「大女の館の巻」
「スラム街に来た少女の巻」
の、全2話。
化粧によって姿を変える美しき暗殺者・アイリンの活躍を描く。
当初は、連載する予定だったが、断念している(下記余談も参照)。
連載を断念したものの、当時作者が最重要視していた「サスペンスのスタイル」と「個性のある絵柄」の確立に大きな役目を果たし、「魔少年ビーティー」「バオー来訪者」と同様、後に描かれる「ジョジョの奇妙な冒険」の布石となった重要な作品である。
特に絵柄はジョジョ第1部に直結するもので、キャラクターデザインも後の作品での登場人物を彷彿とさせるものが見うけられる。また名前の元ネタに洋楽を使うというやり方も本作から始まった。
登場人物
- アイリン・ラポーナ
1話で変身した時のポーズ。しばしばパロディのネタになる。
主人公。暗殺者の家系であるラポーナ家の末裔の少女。16歳。
二話冒頭によると、人種は「イタリアン系(シシリアン)白人」、身長は「5フィート7インチ(約170.18cm。戦いのメイクによる変身後の身長と思われる)」
普段は人を疑うことを知らない純粋でおとなしい乙女だが、その性格は「暗示にかかりやすい」という特性の裏返し。例として眼の下に泥がはねて涙のような跡がつくと途端に号泣してしまう。
化粧をすることによって自身に「暗示」をかけ、その人格から身体まで自在に変化することができる。
下記のローパーの館に潜入した際は身も心も老婆になりきり用心深いローパーを欺いた他、殺しを行うときは「戦いのメイク」(メイン画像の姿)を施し、精神の作用により彼女の肉体をも美しくかつ強靭に変化させる(二話では「殺しのメイクアップ」)。
つけ爪を飛び道具として使う他、催眠術を得意とし、ダンスと香水の香りによって敵に暗示をかけて自滅させる『死の舞踏(ダンス・マカブル)』が最大の武器。
殺し屋としての報酬は「友情」であり、自らの孤独を晴らしてくれる者に対してのみ仕事を行う。
決め台詞は、「わたし、残酷ですわよ」
劇中の解説によると、先祖はイタリア・シシリーにて、殺人教育を代々受け継ぐ家系らしい。
今世紀初めにこの家系の血族の男が、アメリカにわたり一大犯罪組織を設立。その男の孫娘がアイリンである。幼くして両親を失った後、アイリンは自身の血統の特性を知り、己の「悪の力」を「善」に向けようと、「美しき死神」になった、との事。
劇中でも「悪の力をもって、正義を行います!」と言い放っている。
- 召使い(じいや)
アイリンに付き添う召使いの老人。ナイフ術を心得ている様子。
アイリンを裏切る者を許さず、依頼者に対し彼女に嘘をついた時は殺すと脅している。2話の冒頭で刺青の女に殺された。
- 洋服屋の息子
1話でアイリンに仕事を依頼した青年。親をローパーに殺され、その仇討ちを願った。
殺された父親はアイリンの父親の友人で、アイリンやアイリンの母のドレスを仕立てた事もある(そのため、召使いのじいやは、息子である彼をアイリンと会わせた)。
- ローパー
とある町、スウイング・タウンの裏社会を牛耳る大女。巨大なチェーンソーと、体温以下で硬化し、刃物のように尖る「特殊ガム」を武器とする。
スウイング・タウンの賭博や酒場を支配する犯罪組織のボスを暗殺し、その座に付く。結果、町のヤクザの秩序が無くなり、ゴロツキが増え、犯罪も急増した。彼女の手により、麻薬が大量に町に流され、学校でも売りさばかれている。
用心深く、暗殺者と裏切り者を防ぐため、自身の住む館には女の召使以外置かない。街の警察と裁判所は、賄賂で牛耳っている。
植木鉢に猫を首だけ出して埋め、その状態で餌をやるという異常な事を行っている。肌を傷つけられると怒り、ひっかいた猫を素手で潰してしまった。
- 洋服屋
ローパーに殺された洋服屋。ローパーに「明日までにドレスを仕立てろ」と言われ、生地を取り寄せないと無理と伝えても、身体の大きさを侮辱したのだと勝手な逆恨みをされる。
新聞記者の友人がおり、ローパーの蛮行を告発させようとしたが、そうなる前に特殊ガムで殺害された。そのまま顔面部を切り落とされ、記者に宅配便で送られる。
- マイケル
暗黒街ハーレムに住み着くプエルトリコ系の不良少年。身寄りをなくしたアイリンを保護した。
その風貌は少年時代のジョナサン・ジョースターに酷似している。
当初はアイリンを金と体目当てで襲うが、そのままアイリンの奇妙な行動と魅力に当てられ、彼女を「守りたく」なった。
直後に、アイリンに手を出そうとする仲間の不良たちをも殴り飛ばし逃走。ダイナーでホットドッグとコーラをおごり、帰りの切符まで買ってやろうとする。
その後、アイリンが自分と同じく天涯孤独な身の上である事を知り、自身のアパートに連れ帰った。ミュージシャン志望で金がなく無職のため、ドラッグストアの強盗をしたりも。
誰も信用せずに生きて来たらしく、アイリンが騙されて帰りの切符代で闇馬券を買わされた時にも、「誰も信用するな、だまされるな!」と言っていた。
後にNYに出て、ミュージシャンとしてデビュー。アイリンを思わせる少女を歌ったシングルを出した。
- 刺青の女
アイリンを抹殺しにきた刺客。背中に手を描いた刺青があり、それを立体化させてもう一つの腕として使う『刺青化幻掌(ファンターミイム・タトゥー)』が得意技。
刺青の正体は本物の第三の腕とそれを覆う無数の人喰い蟻であり、それを敵に飛ばす『刺青舞宙弾(ビュレラン・スペーシン・タトゥー)』も使う。彼女自身は身体に薬品を塗っているため喰われない。
何らかの組織がバックについているらしく、アイリンをスカウトした者から、アイリンの情報を得ていた。
- スカウトマン
ダイナーで、アイリンに声をかけて来たスカウトマン。女性か男性かは不明だが、ごつい体格で女言葉を話し、左目にハート型の眼帯をしている(眼帯の下の目は健在)。
アイリンに麻薬を売りつけ、金が無いという彼女に「映画に出ない?」と誘った(その「映画」とやらも、「縛るなら~」と言っていたため、いかがわしい類のものと思われる)。その場は、席を外し戻って来たマイケルに肘鉄を食らい、そのまま退散。
後に、自身のオフィスらしき場所で、刺青の女にアイリンの目撃情報を伝えていた。この時に見せられたアイリンの写真と、実際に遭遇したアイリン(プエルトリコ系の顔立ちだったらしい)とは、人種も人相も異なっていたために、同一人物とは思っていなかった。
が、写真と遭遇したアイリンを比べ、それぞれに「共通点(いわく「一種、特別の『なにか』、印象に残る『なにか』)」を見出していた。化粧にうるさく、アイリンの肌もスカウト時に触っていたため、変装でない事も感じ取っていた様子。
- アイリンの父親
二話冒頭に、回想で登場。
殺し屋で、心に虚無をかかえ人を愛せず、人生を虚しく感じていた。そのため、自身の虚無を包む「信頼」と「魅力」、そして「権力」を有した人物ただ一人に仕えていた。
しかし、仕えていた人物が敵組織により暗殺された際に、父親自身も危険視され抹殺された。
アイリンは、この男が有していた「才能」を受け継いでいるとのこと。ちなみに、男には妻はおらず、娘がいても結婚はしていなかった様子。
- トニー・ポウモント
二話ラストの新聞記事に、名前だけが登場した。
ホテル王。シカゴの自宅にて、巨大な植木バサミを自分の口に突き刺して自殺している。その動機も不明。
実は裏ではアメリカ最大の犯罪シンジケートのボスであり、敵組織(アイリンの父親が所属していた犯罪組織)を壊滅させ、裏社会の抗争に勝利。アメリカ裏社会を牛耳っていた。アイリンの父親も殺し、アイリン自身も殺すために全米に指名手配。自身も刺客(刺青の女)を放っていた。
なお、上記新聞記事では、自殺の直後にポウモントの屋敷からメイドが一人行方不明になっているとの事。
死の舞踏(ダンス・マカブル)
アイリンの用いる、最大の武器。
強力な「催眠術」で、自身が放つ香水のかおり、周囲の空気の動き、光、(ダンスによる)一定のリズム、音、眼の動き、手の動き、足の動き、ひとつひとつ決まった順序を組み合わせた動作などを用い、目標となる人物の心へ『暗示信号』を送る。
そうすることで相手の精神は、アイリンの奴隷と化し、岩と化す。そして精神が岩となれば肉体も岩となる。
平たく言えば、アイリンが動くなと命じたら、相手はなぜか「体を『動かしたくない』」と思ってしまい、従うしかできなくなる。そしてそのまま、アイリンの命令を受けて自滅するような形でその命を絶ってしまう(凶器を手にしたまま、「それで自分を切りたい」と思い、実行してしまう、といったように)。
これは簡易的な行動でも可能らしく、口紅を持ち手で振った動作のみでも、術をかけられる。
また、自分や仲間にかける事で、危険な場所を「無意識に避ける」という事も行える。
余談
- ジョジョ第1部の冒頭には、少年時代のディオが読んでいる本のタイトルが「GORGEOUS IRENE」であるという小ネタがある。
- 第6部のラストでは、一巡後の空条徐倫がアイリンという名前で登場している。
- 本作は、元々は連載しシリーズ化する予定だった。しかし当時の荒木氏には、「主人公とはいえ、女性を過酷な状況に置く」事に抵抗があったらしく、中断させている(後に、ストーンオーシャン執筆時には、「今だったら強い女性主人公を描ける」と考え、徐倫を主人公としたとの事)。