概要
フランキスカの登場する作品「聖闘士星矢 THE LOST CANVAS 冥王神話」外伝は、車田正美の「聖闘士星矢」派生作品のひとつ。作者は手代木史織。
当該人物は外伝15~16巻に登場。この巻では、原作の時代から見て前々聖戦、ロストキャンバス本編から見ても二百数十年前の前聖戦時代の出来事が、回想の形で語られている。(対冥王ハーデス戦争である「聖戦」は、神話の時代から二百数十年ごとに繰り返されているという設定なので、およそ現代から見て500年ほど昔の人物ということになる。)
フランキスカはその当時、牡牛座の黄金聖闘士の地位にあったが、聖域内部で起こったある叛乱事件に巻き込まれ、洗脳されて教皇殺害に加担してしまう。洗脳が解けたのちは、同世代の仲間である蟹座のセージ、その双子の兄である祭壇星座のハクレイと共に、叛乱首謀者の討伐に乗り出す。
当時の黄金聖闘士の中では「随一の瞬発力とパワーの持ち主」らしいが、外伝16巻巻末のキャラクターデータによると、身長175センチ体重87キロと、2メートル越えが普通にいる歴代牡牛座の聖闘士に比べれば小柄で、170センチ台後半であるセージ・ハクレイ兄弟と比べても雄偉な体格とは言えず、身に纏う牡牛座の黄金聖衣も、いささかオーバーサイズ気味である。
また、本人は一生懸命脳筋なコワモテパワー系キャラであろうとしているが、実際は美しい金髪と人形のように整った顔立ちを持つ、歴代黄金聖闘士の中でも一、二を争う白皙の美青年で、おそらく後世の魚座のアルバフィカのように、容姿で侮られることを嫌うタイプ。年齢もまだ若いようで、顔貌にはあどけなさが残っている。無茶をしようとするハクレイに対し「年上の言うことは聞けよな!」と言って制止しているところを見ると、当時17歳だった兄弟よりは年長らしいが、ことさら「年上」にこだわっていることから見て、逆にそう何歳も離れていないことが窺える。あるいはほんの数ヶ月差で同年か、10代の終わり。最大限年長でも20歳は越えていないと見られる。
もっとも見栄っ張りで先輩風を吹かせたがるわりには、セージ・ハクレイ兄弟や目下の白銀聖闘士たちから好かれており、聖域では愛されキャラであったらしい。根の人の良さをすぐ見透かされてしまうあたり、後世の牡牛座であるアルデバランやハービンジャーにつながるものを感じさせる。
セージいわく「洗脳されても戦法は直球」。必殺技は「ブルリングスパイク」。文字通り「ブルリング(闘牛場)」の牛のように相手に突進する技。対戦したセージが囮戦法をとったことに(洗脳状態でありながら)「正々堂々勝負しろ!」と怒るほどまっすぐ一本気な性格で、セージに「お前のそういうところは嫌いじゃないぞ」と言われている。だが技巧派の戦法を駆使する相手と相性が悪いあたり、牡牛座伝統のかませ牛の匂いがしないでもない。
なお「フランキスカ」は「投げ斧」という意味。アルデバラン=アラビア語で「後継者」。ハービンジャー=「先駆者」というふうに、歴代の牡牛座聖闘士はなぜか本名ではないセイントネーム(?)を名乗ることが多いので、フランキスカも精一杯豪快な名をつけたものと思われる。が、実のところ、妙にかわいい響きのほうが本人には似合っている。
牡牛座聖闘士としては珍しく、線の細い美形キャラであることに加え、洗脳が解けたのちはセージ・ハクレイ兄弟の護衛役として十二宮突破戦に挑むことを(このとき他の黄金聖闘士はほぼ全員洗脳されて敵になっているので、確実に途中で死ぬのに)志願し、実際の戦闘に際しては双子を先に行かせるために自ら強敵の歯止め役を買って出るなど、友人思いの漢気にあふれた熱血漢として描かれてもいるため、登場機会が少ないわりには、ファンの間で一定の人気がある。
叛乱事件収束後の彼がどうなったかは描かれていないが、後世セージとハクレイが回想するところによると、彼らが17歳当時に経験した聖戦ではタナトスとヒュプノスの双子神が猛威を振るい、「多くの同志を失った」とのことなので、おそらくフランキスカもどこかの段階で戦死したものと思われる。
なおアテナ陣営にあまりにも多くの犠牲を出した双子神の封印は、その後セージ・ハクレイ兄弟の二百数十年に及ぶ宿願となり、ロストキャンバス本編にて兄弟それぞれの命と引き換えに成し遂げられることになる。兄弟にとっては仇を取ってやりたい仲間のひとりだったのだろう。
ロストキャンバスは、現在まだ番外編が不定期に描き継がれているので、ワンチャン、フランキスカの出番がある……かもしれない。
関連タグ
蟹座のセージ 祭壇星座のハクレイ … フランキスカと同世代の聖闘士たち
牡羊座のゲートガード … 同時代の黄金聖闘士。外伝15~16で描かれた聖域叛乱事件の主犯
死界の蝶(フェアリー) … 上記叛乱事件において、黄金聖闘士たちの洗脳に使用された冥闘士の武器。これに魂を侵食されると、肉体や意思の自由を失い、操られてしまう。