昆虫というのは実に多種多様であり、通称ハエ目とも呼ばれる双翅目はカブトムシなどが属する鞘翅目やハチなどが属する膜翅目と同等以上にさまざまな種が存在する。だがその中でもこのイエバエ(学名:Musca domestica)は人類にとって最も「普通」なハエと言える。
体の特徴(成体)*
翅と平均棍
通常の昆虫は2対4枚の翅で飛ぶが、双翅目の名の通りこのイエバエは前の1対のみが飛行用の翅となっている。後ろの翅は平均棍と呼ばれる小さな何かと変形しており、移動そのものには使われないが、高度なセンサーとなりハエの位置や向きや速度といった情報をハエに教えているようである。これのおかげでハエは優れた空中機動力を得られる。ちなみに平均棍は飛行時には前翅と同時に羽ばたく動きをする。
足先
他の昆虫のように足先に2本の爪を持つが、その下にさらに2つのパッドのような物を持つ。このパッドは細かい毛のような物を大量に持ち、ファンデルワールス力という力で物体にくっつく。歩く時も常に3本以上の足が接着しており、このお陰で壁や天井を歩ける。歩く際に爪でこのパッドを接着してる面から引き離す。
頭
ハエは液状の餌しか食べない。噛み砕くための顎は消失し、口は吻と呼ばれる細長い物になっている。先端はスポンジのように液体を吸い上げる仕組み。食事の際には消化液を吐き出し、これで消化され液状化した物を食べるのだ。使わない時は頭の窪みに収納できる。
触角は太く短いソーセージのような形状となっている。
頭の大部分が複眼に占められている。赤い複眼は、オスでは間の距離が近いのに対し頭が大きいメスでは少し離れている。人間の7倍近い早さで映像情報を処理できるハエにとって人間の動きはさながらスローモーションのように見えているだろう。
その他
体は灰色気味で、黒っぽい縞模様がある。割と全身から体毛のような物が生えており、これらは振動を感知する役割も持つ。ちなみに足先にも味覚があるので歩くだけでそこに食べ物があるかがわかる。
体の特徴(幼体)*
イエバエは完全変態昆虫であり、幼体は成体と構造が大きく異なる。これが皆もご存知であろう蛆虫である。
体は細長く、色は白っぽく足は存在しない。頭は尖った側にあり、ここから牙のような物(口鉤と呼ぶ)が2本生えている。この牙を物に引っ掛け、体を波打たせて前進する。頭側に2つの目のような突起物が出ているが、これは嗅覚を司る。
そして反対側の太く丸い方に2つの点があるが、これも目ではなく、蛆の気門である。これを使って蛆は呼吸をする。元々これは水中での生活に適応した末に得た物らしいが、現在この蛆達は頭から腐肉に突っ込み、お尻をドロドロの半液状の腐肉から突き出して呼吸を確保しているわけである。
生態*
出現は意外と最近の方であり元々は約6500万年前頃に中東で誕生した種である。そこから我々人類の移動と伴って世界に進出し、今や地球上でイエバエが存在しない場所は海中のみと言ってもいい。
ゴキブリはそのイメージの多くは風評被害となっており、実際は人間に対して害は少ないともされる。こいつも似たような物ではあるが、単純に風評被害とは言えず、実際に体が危険な雑菌に覆われている可能性も高い。
イエバエはなんといっても世界を代表する腐肉食いの掃除屋である。ハゲワシですらこれほど腐肉食に特化していない。死体があり、そこにたどり着く経路があるのなら、こいつらは必ず現れ蛆を産み落とす。そこが灼熱だろうが極寒だろうが関係ない。こいつらの蛆の数が死亡推定時刻を判断する基準の1つとなっている程である。
成虫は1度に100個程度の卵を産み、これを死ぬまでの約1ヶ月の間に数回繰り返す。卵は一日以内に孵化し、幼虫の蛆が1週間ほど腐肉を食いまくって成長すると、這い出して赤茶色の蛹になる。いよいよ羽化をするとすぐに交尾相手を探す。ちなみにこの羽化の際に頭を風船のように膨らませ蛹の蓋を押し外す。
成虫は越冬も可能なようである。一応、暖かい場所の方がより早く成長する。
天敵は多く、鳥に爬虫類に両生類に蜘蛛に昆虫…寄生蜂などに狙われる他にエンマムシなんかにも襲われる。イエバエに寄生する菌も存在する。
直接害があるわけではないが体表にダニやカニムシがついてることもある。また、寄生生物の媒介となるケースもある。
腐肉は放っておくと有害な雑菌が多く沸く。そんな腐肉や生ゴミや糞と共に生活するこのイエバエも当然このような雑菌に塗れることになる。彼らはこれをただ放っておくのではなく、時折足で擦ってこれらを落とす。綺麗好きなのは良いことだが、その結果危ない雑菌が我々の家の中だったり食事の表面だったりに付着するのだから不快な衛生害虫とされるのもまぁ無理のない話である。ただ実際に人に雑菌による感染が起こるのはコイツらの食事と脱糞による物が多い。
言っておくがコイツらがいなかったら腐肉は多くが消えずに残り続けるので、そこで繁殖した雑菌や溢れかえる腐臭により地上はとても人間が生活できるような場所じゃなくなる。たまには彼らが他のあらゆる物の中から汚物を餌に選んだことに感謝しながら駆除しようじゃないか。
殺虫剤がイエバエ駆除に使われることが多いが、すぐに耐性を得るので同じ物を使い続けない方が得策である。アメリカミズアブと餌の競合やフンコロガシによる糞の除去でイエバエの繁殖を抑えようとする研究はある。寄生虫の利用も一考されたがイエバエの繁殖力が高すぎて効果は低いと判断された。
利用*
廃棄物を処理しタンパク質に変換できることから魚などの動物の餌として利用されることも多い。
繁殖が容易なことから科学実験に利用されることも多い。ショウジョウバエ並に繁殖しやすく、取り扱いも容易であり、コイツらに実験することに罪悪感を感じる人が殆どいないのも実験動物として優れた部分と言える。遺伝子量も少ない。
悍ましい話だが、第二次世界大戦中にイエバエをコレラ菌塗れにして投下するという作戦が存在した。1942年に中国の保山市で、1943年に山東省の北部で決行され、それぞれ20万人程度の死者を出している。現地にいた日本兵は前もってワクチンを免疫をつけていた。これは日本の石井四郎氏による物である。