世界耐久参戦に至るまで
2011年のル・マン24時間レースを最後に耐久レースから撤退していたプジョーは2019年に「2022年からのFIA世界耐久選手権に復帰する」という発表をしていたが、同時期にLMDh規定構想が持ち上がっていたこともあり、「プジョーは先行するトヨタやグリッケンハウスと同じハイパーカー規定とLMDh規定のどちらで出るのか?」と注目されていた。
かつてル・マンで2連覇を果たすなど華々しい戦績を残した古豪に注目が集まる中、2020年のル・マン24時の前日にプジョー・スポールから『ハイパーカー規定を用いて開発をする』という正式アナウンスがなされた。
…しかし、その完成図は観る者を釘付けにする奇抜なスタイリングをしていた。
車両概要
本車はハイブリッドシステムを任意搭載できるル・マン・ハイパーカー規定を元に設計された。
車名は「かつてのプロトタイプカーを継承する『9』」「プジョーにおける電動化戦略を担うハイブリッドシステムを意味する『X』」「現行量産車シリーズを示す『8』」から取られている。
ハイパーカーはかつてのグループCカーやル・マン・プロトタイプのように無尽蔵に空力開発が出来る訳ではなく、レギュレーションによってダウンフォース上限とドラッグ(空気抵抗)下限が厳しく定められているため、本車もそれに倣う形になった。
…まではいいのだが、本車はレギュレーションとデザイン性の両立を図った結果、なんと、大胆にもリアウィングを捨て去った『ウィングレスボディ』の採用に踏み切ったのだった。
あまりに大胆すぎるデザインに奇異の目で見られることとなったが、当然ながら理由がないままリアウィングを採用しなかったわけではない。
フォーミュラカーやグループGT3規定など幅広いセッティングが可能なレースカーとは異なり、「角度調整が可能な空力デバイスは1つのみ」というハイパーカー規定特有の制限があるため、リアウィングを備えてもフロントスプリッターとどちらかを固定化しなければならなかった。
レースカーの設計上、リアよりもフロントのダウンフォースを重視する傾向があり、更にはボディ上面より下面の方がダウンフォースを稼ぎやすいことから、
「リアウィングは調整できないしフロア構造でダウンフォースを取れるなら、リアウィングなんて要らないよね?」
という形で設計された。
動力面は自社製の2.6L V型6気筒ツインターボエンジン+前輪に最大出力200kWの電動MGUを搭載。バッテリーはトタルエナジーズの子会社であるサフトグループS.A.が開発した900Vバッテリーを採用する。
その戦績
デビュー戦は2022年第4戦モンツァ。
ル・マンを欠場してもなお、マシン開発は難航しており、ハイパーカークラスでは完走すれば良いところ、悪ければ格下のLMP2(ル・マン・プロトタイプ・2)よりも周回数が少ないといった有り様で、最高位は2023年第4戦モンツァの3位。
原因は多岐に渡るが、フロア構造でダウンフォースを稼ぐ設計がグラウンドエフェクトカーとほぼ同じであり、ブレーキング時に激しい縦揺れ(ポーポイズ現象)を発生させて姿勢を乱し、コースの起伏次第でダウンフォースが不足しコーナリングスピードも稼げないという悪循環に陥りやすい状態だった。
更にデビューイヤーである2022年から前後異径タイヤ採用にメリットがあることが判明している中で、前後同径タイヤを採用する9X8はサイズ変更に対応できるだけの設計変更ができなかったことも戦闘力不足に拍車をかけていた。
そんな不遇な中でも特に輝いていたのは2024年シーズン開幕戦のカタール。
路面状況が全周に渡って極めてフラットという9X8の特性にこれ以上ないほどマッチしたコースで、優勝候補のトヨタやフェラーリ等、他のハイパーカー規定のライバルが苦戦を強いられる中でまさに水を得た魚の如く猛追撃を繰り広げていたが、残り1周でエンスト。プジョーはWEC復帰後、最高位の更新となる2位が見えた中でトップのポルシェから1周遅れでチェッカーを受けたが、ガス欠状態のモーター走行のみでの最低速度を上回って走行したこと(本来は120km/h制限だが150km/hで走行していた)、自力で車検場まで戻れなかったことで失格判定を受けてしまった。
翼を授かった獅子
かねてから戦闘力が不足していた9X8だが、24年シーズンから一度は捨てたリアウィングを再び採用した『2024年仕様』の投入を決定。
この外観変更に伴いボディ形状は90~95%変更が加えられており、ようやく他のハイパーカーとイコールの土俵に上がれる模様。
関連イラスト
↑2023年に100回開催となったル・マン24時間記念カラー
関連タグ
- ル・マン・ハイパーカー規定のライバル