本項ではノックスの十戒を元にした、同人ゲーム『うみねこのなく頃に散』の『ノックス十戒』、及び推理小説『インシテミル』の『十戒』についても記述する。
概要
イギリスの推理小説家ロナルド・A・ノックスが呈示した、本格ミステリーで守るべきルール集。
ただし、ノックス自身は序文において「どうして自分でこんなことを考えたか分からない」などと宣っている(ノックスは風刺とユーモアを交えた文章を得意としていた)
内容
1.犯人は物語の序盤に登場していなければならない。
2.探偵方法に超自然能力を用いてはならない。
3.犯行現場に秘密の扉を作る場合、二つ以上作ってはならない。
(『一つ以上作ってはならない』ともされるが誤訳)
犯人のアリバイを崩すために「実は隠し扉」があった、というトリックは珍しくないが、複数出してしまうと「他にも通路があるかもしれない」が無限に追求される悪魔の証明に発展してしまうため。
4.常識的にありえない未知の薬物や、一般人の理解しづらい難解な科学技術を事件に適用してはならない。
5.中国人を登場させてはならない。
(この条文の「中国人」は、「超常現象を駆使する人物」を指し、当時のミステリーにおいて「超人的な中国拳法」「中国由来の不可思議な秘薬」などが多用されていた事と、当時の西洋社会における東洋人への偏見を踏まえて設けられたもの。ノックス自身が「中国人が出る=駄作だと全部決めつけるつもりはないが、中国人である事を示唆する描写があったらその作品を読むのをやめた方がいい」という旨の言葉を残している。ただし、現在においては人種差別的な条文と勘違いされる事も多い為、欠番扱いとされる事も有る)
条項2や4と重複しているようだが、さらにこの条項があることにより「超常現象を用いない話に超常現象と強く結びついた人物を登場させてはならない」という意味となる。
これは現実的な推理をしている時に超常現象の考慮を完全に排除する効果がある。
6.探偵は偶然や勘によって事件を解決してはならない。
証拠も何もあったものじゃない決めつけや運任せで犯人を選ぶのはリアルの犯罪捜査でも禁忌とされる行為である。
また、可能性を総当たりしては推理も何もあったものじゃない。ミステリーは推理をしてナンボである。
7.探偵自身が犯人であってはならない。ただし犯人に変装するなどの場合は除く。
8.探偵は読者に明かしていない手がかりによって事件を解決してはならない。
9.探偵の助手にあたる人物(いわゆる『ワトソン役』)は自らの判断を全て読者に知らせなければならない。
味方と思っていた人物が実は敵役でした、という展開は物語としては珍しくない。しかしミステリーにおけるワトソン役は「読者が信用できる情報提供者・支援役」という立ち位置の信頼性が求められるためこのような展開は好ましくない。情報の隠匿も程度の差はあれど同じ問題を起こしてしまうので禁止されていると思われる。
10.双子や一人二役の人物を出す場合、その存在をあらかじめ読者に伝えなければならない。
総じて「読者も探偵と同じ目線で手掛かりを集め、登場人物の動向から誰が犯人かを考える」という読み方を担保するために守るべきルールと言える。
劇中で全く言及の無い人物やトリック要素や、トリックの前提をひっくり返すチート要素や虚偽・後出しの情報があると読者がまともな推理を出来なくなりミステリーものとして破綻してしまう。
特にミステリーは「可能性を1つずつ検証して消去することで最後に残った1つが真相となる」ことで謎解きを成立させる事が重要なため、可能性として潰しようがない未知の要素は極力避けなければならない、という内容になっている。
うみねこのなく頃に散の『ノックス十戒』
ロナルドを元にしたキャラクター・『ドラノール・A・ノックス』が提唱した掟。
「ノックス第1条。 犯人は物語当初の登場人物以外を禁ず。」
「ノックス第2条。 探偵方法に超自然能力の使用を禁ず。」
「ノックス第3条。 秘密の通路の存在を禁ず。」
「ノックス第4条。 未知の薬物、及び、難解な科学装置の使用を禁ず。」
(欠番)
「ノックス第6条。 探偵方法に偶然と第六感の使用を禁ず。」
「ノックス第7条。 探偵が犯人であることを禁ず。」
「ノックス第8条。 提示されない手掛かりでの解決を禁ず。」
「ノックス第9条。 観測者は自分の判断・解釈を主張することが許される。」
「ノックス第10条。手掛かりなき他の登場人物への変装を禁ず。」
オリジナルとの主な違いは以下の三点。
「第3条において秘密の通路の存在が完全に禁止されている(オリジナルでは一つは許される)」
「第5条が欠番になっている」
「第9条に観測者の判断・解釈が間違っている事を許容する要素が加わっている」
作中テキストではこれら十戒は、物語内における『完全な真実』であることを意味する『赤文字』で記述され、これを詠唱することにより、『十戒に禁じられている要素がこの世界には一切存在しない』という保障を行うことが出来る。
第5条が欠番となっているのは本作が「魔女(中国人)が『この事件は超常的な力で起きたものであり、人の手では不可能である』と主張しているのを探偵役がトリックを提示して否定する」という論法で謎解きを行う為、“中国人”を出す前提ありきの話になっている。
また、第9条の改変により「提示される情報の信頼性の担保」が出来る登場人物が不在となり得る点を『赤文字』が代替している。
これに違反する存在はその世界において始めから存在しないと決定され、また未来永劫新しく出現することも許されない。
インシテミルの『十戒』
謎の施設にて行われる『実験』に際し、参加者達に提示された。
1.犯人は『実験』開始時に建物内にいた人物でなければならない
2.各参加者は、超自然的な手法を用いてはならない
3.二つ以上の秘密の部屋や通路を使用してはならない
4.未知の毒物や長い解説が必要な装置を用いて殺人を行ってはならない
5.各参加者は中国人であってはならない
6.探偵役は偶然や不思議な直感のみを犯人指名の根拠にしてはならない
7.探偵役となった者は殺人を行ってはならない
8.主人(ホスト)に対し手がかりを隠蔽してはならない
9.ワトソン役の知能は主人のそれより僅かに劣ることが望ましい
10.各参加者は双生児であったり犯人に瓜二つであってはならない
『インシテミル』においては、実験の参加者が『犯人役』と『探偵役』に分かれ、自身に振り分けられる『時給』を増大させるべく行動を起こすことになる(『役』といっても殺人事件そのものは現実に行われる)。
参加者が殺人を犯すとその人物が犯人役となり、『殺人ボーナス』を得られる。これに対し意思のある者は探偵役となって事件の捜査を行う。希望するならばワトスン役(助手)を雇うことも可能。
犯人役は探偵役に真相を暴かれた場合、別室に隔離されて時給が激減し、探偵役に『探偵ボーナス』が与えられる。
逆に探偵役が無実の人間を犯人として指名した場合、探偵役に志願した人物の時給が減少することになる。
助手となった人物は、真相解明に役立つ行動を行ったと評価された場合『助手ボーナス』を得られる。
……と、このように十戒に違反しないように『実験』を遂行していく。
注意点
ノックスの十戒は「読者も推理に参加できる作品であること」を保証するためのルールであり、「作品そのものの面白さ」を保証するものではない。実際にミステリーの名作には十戒を破った上で評価されているものも少なくはない。(前述の具体的な作品でノックスの十戒の改変が行われてる部分は、実際に劇中で“ルール違反”を犯すために発生している改変がある)
また、大事なのは読者が劇中の事件解決のために行う推理に必要な要素を網羅できる状況作りであり、例えば魔法や超能力があったとしても使用するためのルールが提示され、推理に破綻を来す要素でなくせば十戒で戒められる理由は無くなる。
一方でこれはミステリーに限った話ではないが、書き手側にはシナリオの全容が見えているため、読み手との情報格差を常に意識しながら作品を作ることを忘れてはいけない。
大事なことは読者が置いてきぼりになるような内容を防ぎ、読者も物語に「参加」してもらうことなのだ。
関連タグ
ヴァン・ダインの二十則 チャンドラーの九命題 同じくミステリーのルールである別作者の定義。
デウス・エクス・マキナ ノックスの十戒はコレの濫用を避けるためのもの、と言ってもいいだろう。