概要
上州館林藩の藩士で、幕末の勤王家である岡谷繁実が、日本の戦国時代における武将たちが、何を語りどのような行動を取ったかなどについて、各大名家に伝えられる1251部もの文献を徹底して調べ上げた上で明かにして著した、重要な文学書の一つである。
上・中・下の3冊があり、上巻だけでも600ページに及ぶ大冊で、安政元年(1854年)から十有六年の月日をかけて書き上げられ、明治2年(1869年)に初版が刊行された後も岡谷は書き続け、明治28年(1895年)に増訂再版が刊行された。
本書の序文によれば、初代内閣総理大臣である伊藤博文首相も本書を愛読していたという。
後に文藝春秋の創業者である小説家の菊池寛によって編纂され『評注名将言行録』としても出版された。
本書の不幸と重要性
「智の巨人」の異名で知られる歴史家の渡部昇一氏が自著の中で語った話によれば、本書『名将言行録』は古典文学書とされても差し支えない内容であるのだが、不思議なことに古典として扱われていないという。
その理由は、本書が刊行されたのが明治時代に入ってからのためであり、明治以降に書かれた書籍は、日本史研究者からは基本的に歴史書と見なされないからとのこと。
そのため本書はまともに歴史書として扱われず半ば講談本扱いされ、作者の岡谷繁実も歴史家として扱われていないため、彼の名は十数巻ある『国史大事典』にも載っていない。また、そうした偏見から資料として当てにされないことも多い。
もし本書が江戸時代までに完成していれば、歴史家たちの評価は全く違っていたと僅かに間に合わなかったことが本書の最大の不幸とされる。
しかし、いざ目を通した人々によれば、題名に違わず日本史上最大の戦乱の時代であった当時を生きた名将たちの詳細が、肉声や息遣いまで聞こえてきそうなほど、リアルに生き生きと描かれているとしている。
上巻は北条氏長を筆頭とした北条家から始まり、それに次いで誰もが知る武将から知る人ぞ知る名将まで、戦場を生き抜いた武将たちの逸話が集められており、これは世界でも少ないという。
しかもその内容は、現代の実業界で生きている人々の手本になるような教訓に満ちており、歴史家たちの多くは無視しているが、日本の歴史を語る上で取り上げるべき書籍と渡部氏は語っている。
また、本書が書かれなければ、戦国時代以降の武将に関する知識の殆どが現在に伝わることが無かったという。
渡部氏が語るには、著書を製作するに伴って日本史の通史を書く際に、改めて各種の日本史を読み漁ったが、個々の武将に関する話で名将言行録から出ていない話は無かったとのこと。
強いて言えば徳富蘇峰の『近世日本国民史』を挙げられるそうだが、この2つを除けば戦国武将の個々人について書いた資料は無いと言ってもいいという。