戦艦扶桑
せんかんふそう
概要
日本海軍が独自に設計した初の超弩級戦艦であり、竣工時は世界最大の戦艦だった。
姉妹艦として『山城』『伊勢』『日向』が建造される予定だったが、
後述の欠陥のせいで伊勢と日向は再設計のち伊勢型戦艦として建造されることになった。
ちなみに山城は天皇家が1200年近く住んでいた京都府の旧国名。
伊勢は言わずと知れた伊勢神宮の所在地三重県の旧国名。
日向は神武天皇の東征の出発点といわれている宮崎県の旧国名。
いずれも天皇家と関わりが深い土地から名前がつけられている。
そして一番艦に日本の美称である「扶桑」を与えたことからも当時の海軍がどれだけ期待していたかが伺えるというものであろう。
現実は非情である
構想上では世界最強の火力と速度を両立した超弩級戦艦となるはずであった。
しかし実際に建造してみると次々に欠陥が明らかになっていく。
十二門もの主砲を積んだ結果、弾薬庫などの被弾危険箇所は全長の5割に達し防御力に大きな問題を抱える結果となり、さらに主砲の配置そのものにも問題があり一斉射撃時には爆風が艦全体を覆ってしまう結果となった。
また機関部を砲塔が挟むという構造が災いし、ボイラーの増設によって速力を強化することができず、25kt程度と劣速であったために大東亜戦争では金剛型戦艦に比べると出撃の機会が無かった。
繰り返すが、現実は非情である。ただし、それは日本に限らない。
実はドレッドノートの出現に泡を食ったほとんどの国がやらかしている。
アメリカの同期艦(ネバダ級、ペンシルバニア級、テネシー級、ニューメキシコ級、カリフォルニア級)など21~22ktと第一次世界大戦のジュットランド沖海戦で足手まといにしかならなかった独英の旧式艦程度の速度で、やっぱり防御に問題を抱えていた。ただ、米海軍が優れたダメージコントロール技術を身につけていったのはこれらの艦(14インチ砲のプラットホームに無理矢理16インチ砲を載せたコロラド級を含む)の防御の弱点に端を発するもので、ここはハードの設計ばかりに気をとられた日本の負けだろう。一方でアメリカはカリフォルニア級では後にドイツで戦車で大失敗するアレをやらかしていて。同クラスの他艦より扱いに難儀したという。
もっとも日本も扶桑型・伊勢型の教訓を取り入れ、長門型以降の集中防御構造(艦全体を装甲しようとすると重くなる上に肝心な部分が薄くなるので、主砲塔周りや機関部など重要な部分に装甲を集中させる構造)につながっていく。そして大和型という非常に沈みにくい戦艦が出来上がった。
そしてイギリスは……ドレッドノートで世界を驚かせたのはよかったが、その後がいけない。ドレッドノートにあわてた日本が造った長門型に対抗して出来たのがアレである。英国面も参照のこと。
教訓。人間、あせるといい事ありません。
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pixivにおいては「艦隊これくしょん」における擬人化キャラクター(扶桑(艦隊これくしょん))の投稿が多いが、上述の通りその独特な外観が好まれ、本艦そのものに関する投稿も少なくない。
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